第2話 あの子が呼んでるよ!

 昨日は、ショッピングセンターにてソナタさんと九年ぶりに感動の再会をした……いや、感動ではない。記憶に残らないような人だし、私のう○ちしてる時の音を未だに覚えている人のことなんて怖すぎて感動どころではない。それに彼女が同じ私と高校に通っている……それを考えるだけで憂鬱な気持ちになる。


 昨日のこともあり私は校舎での移動時には周囲を警戒しながら歩いた。だけど、午前中までにそれらしき人物に会うことがなかったので、油断してしまった。


「ねえ、津賀ちゃん。廊下で誰か呼んでるよ」


「……」


 親友の波戸はと 七海ななみとお昼休みに楽しく会話をしていると、七海が廊下の方を指差した。廊下からこちらを見ている人物が私のことを手招きして呼んでいると言うので恐る恐る見てみれば、あの女が立っていた。その名はソナタ。

 

 人差し指を口元にもっていくのが癖なのだろうけど、私には昨日の記憶が正確に保存されているためか、あの人差し指からまだあの臭いが漂っているようにしか思えない。


 あのまま廊下から見つめ続けられるのも気持ちが悪いので、私の方から話しかけることにした。


「ソナタさん、どうしたの?」


「津賀子さんを見ていただけですけど?」


 用もないのに廊下からただ私を見てるって……。

 ジッと見てくる目がとにかく怖すぎだろ。


「ただ見られるって怖いって。それに手招きしてたんでしょ」

 

「すみません、津賀子さん。失念しておりました」


「なにが?」


「津賀子さんの教室に顔を置くことを」


「いや、置きに来なくて結構」


「残念です、顔を置くことが出来ないんですね。それはそうと津賀子さん。昨日、私は言いましたよね?」


「なにを?」


「津賀子さんに秘密の方法を教える、と」


 確かに言ってはいたけど、それほど興味がなかったので忘れてた。


「秘密の方法ね、なに?」


「津賀子さん、お腹を下した時やおならが出そうな時ってどうしてます?」


 この女、みんながいる教室内でそのような話をしようというのか? 昼休み中で私たちの会話なんて聞いている人は少ないとは思うけど、一歩間違えれば危険だ。


「ここで話すのやめない?」


「いいえ、津賀子さん。ここで話しましょう」


 こいつは頑固者と認定しても問題ない。変に刺激するより冷静に対応した方が安全が確保できると私は判断をし、静かに彼女に話しかけた。


「それって?」


「ですから、授業中におならの音を出さずに逃す方法。そして、お腹を下した時に急いでトイレに駆け込む方法です」


「いらね。その小学生が喜びそうな情報、いらね」


「津賀子さん。こういうのは万が一に備えて覚えておくことが大切なのです。おならの音を鳴らさないように、まず肛門を指先で広げてあげて静かに逃がしてあげてください。これは常識の範囲ですよね? さあ、復唱してください」


「おならの音を鳴らさぬように肛門を指先で広げて静かに逃がす」


 高校生にもなって私はなんの常識勉強をしているのだろうか……復唱した後に襲いかかる恥ずかしさは両手で顔を覆うだけでは足りぬくらいだ。


「津賀子さん、次はお腹を下した時です」


「もういい、大丈夫だから」


「じゃあ、これを」


 透明のビンに入った白い飲み物をソナタさんが渡してきた……手に持っているのが辛いくらい冷やされているこの飲み物は牛乳だろうか?


「それはヨーグルト飲料のようなものです。飲んでください津賀子さん」


 これは……明らかに私のお腹を下させようとしているといっても過言ではない飲み物を渡してきやがった。そもそもヨーグルト飲料のようなもとは一体なに?


 なにを考えているか分からない人物から飲食物を受けとった場合、まず疑うことからはじめなければならない。食べれるのか? 飲めれるのかと。だけど答えは簡単なもの、ソナタさんから貰ったものは危険がいっぱいそう。だから飲まない食べないが正解。


「いらない」


「飲んでください津賀子さん」


 一度決めたら一点張りのソナタさんは「飲んでください」と同じリズムで何度も繰り返し言ってくる。それでもこれを飲めば明らかにお腹を下しそうなので私はビンをソナタさんに返し、頑なに拒否し続けた。


「美味しいのに。それじゃあ、勿体ないので津賀子さんのお友達の方に差し上げてきます」


 ソナタさんは視線を七海へと向ける。そういうことしますか……するだろうねこの人なら。私が断り続けると七海が被害を受けてしまう。く、この悪魔め。


「はいはい、飲めばいいんでしょ」


 私はソナタさんの手からヨーグルト飲料のようなもが入ったビンを奪い取るような形で手にした。ゆっくりと蓋代わりのラップを剥し、鼻を近づけて確認をするものの想像していたよりは酸っぱい臭いはしなかった。警戒心を維持しつつゆっくり飲む……ん? 僅かに舌にざらつく感触こそあるものの甘めなヨーグルト飲料という感じで美味しかった。


「どうです? 美味しいでしょ」


「まあね。ごちそうさま」


 ソナタさんは私からビンを受け取ると、満面の笑みを浮かべながら教室を後にした。「いえいえ、お大事に」と言葉を残して……。

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