異世界行っても逃避行!?〜鬼ごっこ中に死んだ僕は異世界行っても逃げ回る〜
jigoq
第ゼロ話――女の子には勝てません
「はあ、はあ、はあ……!」
時は夕方。男子高校生、ムヤミ。学校終わり。
「どこ行っちまったんだよ、ムヤミィィィィッ!」
後方で響くは友達Aの怒号。かなり離れた距離でさえそれが聞こえるのは、ここが閑静な町だから。
「もっ……もうやだ……いやだあ……!」
漏れ出す弱音。それに立ちはだかる一つの影。
「よおっしゃ、先回り成功~」
彼はムヤミの友達B。ただでさえ細い目尻が、卑しい笑みでさらに細まる。
「これでお前の財布おれのもん……っておい! くそムヤミ! 避けてんじゃねえ!」
「い、いやだ! これだけは……!」
「おまっ、待てえええええ!」
友達Bの醜悪な笑みを物ともせず、ムヤミは華麗なステップで身を翻し、それの伸ばした手を回避した。それに追い縋るBではあるが、彼の反射神経では既に時遅し。ムヤミは傍の塀を異次元の足捌きで上り、もう向こう側。塀に跳ね返った叫び声を虚しく浴びるばかりであった。
「もう……もうやだ……誰か、助けて……」
Bの強襲を難なく躱したムヤミ。彼は今、最寄りの駅前にあるゲーム屋を目指していた。
「今日が発売日だってのに……なんでこんな……今日に限ってぇ……!」
そう、発売日。原作小説から追っていたアニメ作品が今日、待望のゲーム化を果たす日なのだ。だというのに、Bの凶行が始まってしまった。
Bの憎たらしい表情が目に浮かぶ。それと同時に、確かに近づく駅前店を想い、逸る足。漏れる笑み。
「ひ……ひひ……」
全力疾走の最中、そんな声が漏れる。しかし次の瞬間、それは引き攣った笑いに変わる。
「――ムヤミぃ……。毎度毎度、よくもまあ逃げ出してくれるよなあ」
そこは駅周辺へ続く暗い裏通り。四方を背の高い建物に囲まれた、杜撰な都市計画の犠牲広場。低く唸るようなその声。友達C。一番凶悪な友達。
「この『鬼ごっこ』何度目だあ? 最初はお遊びだったのに、本気になっちまったの、お前のせいだかんなあ」
Cのその言葉に、周りを取り囲む友達D以降の面々がやんややんやと騒ぎ立てる。こんな光景、何度目だろうか。きっと『鬼ごっこ』と同じくらいだけど、もう数えきれない。
『鬼ごっこ』とは単純な遊びだ。ムヤミがたくさんの友達から逃げ回って、一番に捕まえたモノがムヤミの財布を好きに使えるという、とっても単純な遊び。
友達の気まぐれで始まるそれが、なぜか丁度、今日の発売日に重なったらしい。それを言うBのにやついた顔をまた思い出す。
「今日こそは何の足しにもなんねえてめえの財布……もらってやっから喜べムヤミぃ!!」
叫ぶCと湧き立つD以降。その圧に押され震えるムヤミ。今にも逃げ出したい思いが溢れ、目元からこぼれそうになる。しかし、途端に静まるC。彼はムヤミを見て、顰めた眉で苛立たしくこう言った。
「何、笑ってやがる、お前」
「……え?」
Cの瞳に映るムヤミの表情は、ムヤミ自身の感じる感情と乖離して見えていた。
恐怖に歪む目元と眉間。そして、薄く開いて横に伸びる、持ち上がった口角の下卑た口元。それは異様な精神性すら感じさせるものだった。
「こ、これは違うんです。えっと、あの、怖いと笑っちゃうっていうか、あの……」
ムヤミ自身この特性には辟易していた。だってこれが無ければ、Aに殴られて笑い、Bに蹴られて笑い、Cに頭突かれて笑い、顰蹙を買いに買って今に至ることも無かったというのに。それさえどうにか出来ていたら、『逃げる』だけの日々を過ごさなくて良かったはずなのに。ムヤミはただ、二次元を愛して生きたいだけなのに。
そんなムヤミの申し開きを聞いたCはこう言った。
「つまりムヤミ。お前ってやつはよ、俺たちによ……遊んでほしいってわけだよなあ!!」
「ひええええええ!!」
Cと共に襲い来るは数十の友達ら。全方位を囲まれたムヤミ。四面楚歌。絶体絶命。孤立無援。だがしかし、ムヤミこの男。こんな状況もう既に――“数えきれない”ほど越えていた。
「な、なにいいいいい!?」
飛び掛かるCは見た。背後からも飛び掛かる友達の軍勢。それの組み付く腕をひらりと跳んで躱し、彼らの頭、肩、背中を踏み台にして空を走るムヤミ。空中散歩というにはあまりに低空なそれを形容する言葉も浮かばない。
「ぎ、ぎゃあああああ!」
終いにムヤミは、Cの最近の悩みであるいぼ痔を踏み付け、その窮地を脱した。
「ぼっ……僕、行かなきゃいけない場所があるから……」
おっかなびっくりその場を後にするムヤミ。しかしCも黙ってはいられない。なんせ今日、この日の為に、準備を怠りはしなかった。
飛び上がるようにして立ち上がったCは、重なり倒れるD以降には目もくれず、すぐさまムヤミを追いかけ表通りへ顔を出す。信号を待つムヤミを目視。
「おまえらああああ!! やっちまええええ!!」
そんな声が通りに響くと同時、信号の向こうにある角から突如大型トラックが飛び出す。
「死ねムヤミいいいい! 俺を虚仮にしたなら死ぬしかねええええ!」
「ひゃああああ!」
嘶き、ムヤミに向かって速度を上げるそれを操るのは、悪徳な御曹司であるCに弱みを握られた配達員であった。
「名も知らぬ高校生……! すまん……!」
目を瞑る配達員。強い衝撃と共に止まる車体を体で感じ、恐る恐る目を開く。背の高い街頭にぶつかり緊急停止されたようだった。姿の見えない高校生。下敷きになる姿を想像する。心の中に降る怒涛の懺悔。しかし彼は知らない。トラックの背後でムヤミは次なる脅威にさらされていることを。
「今日は……今日は一体なんなんだああああ!」
トラックが明らかにこちらを狙って突っ込んできた。ポールを支えに避けた先で、凶器を手に持った黒ずくめの大群に襲い掛かられた。全てを躱して再び裏道に逃げ込んだ先で四方八方から、アニメで見たからくり屋敷のように刃物が飛んで来ている。
「いやだ……いやだ……まだ……僕はまだ……死にたくない……!」
これまで何度死に目に会おうと、ここまでのものは初めてだった。文字通りの必死の状況で、しかしムヤミは己が才能に気づくことも無く、その全てを回避していた。
夢中かつ無意識に、前方、後方、上方、左右から襲い来る刃物の投射パターンを理解。それら全てを掻い潜るルートを即座に構築し、その通りに地を蹴り、壁を蹴り、紙一重の回避。誰も見知らぬ神業の果てにあって尚、ムヤミはその先の曲がり角で明確な『死』を予感した。
「――あ」
それは女子高生の大群だ。地を揺らし来る総勢数百を凌駕する大軍勢。
この日、駅前広場限定で超超超人気アイドルの握手会参加券付きアルバムの発売が為される。彼女らはそれに集い、我こそは一番のファンなりやと己が使命に準ずる一個大隊の戦士団である。
それだけならば、ムヤミの天賦を持って逃げおおせることも容易であった。――しかし、しかしだ。
「あし……足が、動かな……」
ムヤミには女性経験が無い。
女性と話したことが無い。
女性と触れ合ったことが無い。
女性と目を合わせたことが無い。
女性に挨拶されたことも無い。
致命的無い無い尽くしのムヤミは今、これまでの“数えきれない”窮地を逸脱した特急危険地帯の只中にいた。
「お、お、おんなのこおおおおお!!」
迫り来る戦士にとって、怯え固まるムヤミは小枝に変わりなかった。そして風にも流されぬそれが進路に横たわっているならば、結末は想像に難く無い。
単純明快なそれは――。
「――あぎ」
踏み折られるのみである。
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