絶望と希望
しばらくの間、誰もしゃべらず、まるで音が消えた世界のようだった。
ふと草次さんが聞く。
「なあ、相棒。お前は俺たちを利用したのか? 俺たちの絆は嘘っぱちだったのか?」
「まさか、そんなわけないだろ。俺は一連の事件で相棒を利用したことはない。誓ってもいい」暁の眼差しは真剣だった。
「それを聞いて安心した。それなら、例え相棒が裁かれようと、俺は相棒に会いにいくぜ。なにせ心の友だからな」草次さんは暁の肩に手をまわしながら言う。
暁と草次さんとのやりとりを見ながら心配になる。暁はああ言っているが、本当に裁かれるまで大人しくしているのだろうか。自暴自棄になって自殺をしないだろうか。
僕は手招きして暁を呼び寄せる。
「どうした、周平? 何か聞きたいことでもあるのか? 話せることは全部話したつもりだが……」
僕はストレートに聞くことにした。
「暁、もしかして自殺しようなんて考えてないよね?」
「まさか。自分の犯した罪の重大さはおれが一番知っている。やりたいことをやってあの世に逃げるなんて卑怯なことはしないさ。それよりも周平、悪いことをしたな。友人を手にかけたんだ。そして、俺も牢獄行きだ。お前は二人の友人を同時に失うことになる」
暁は申し訳なさそうに小声で言う。
「大丈夫じゃないって言えば嘘になる。でも、時間が解決してくれるよ、きっと」
僕は自信がない。果たして僕はこの大きなトラウマを乗り越えることができるのだろうか。
「そういえば、偶然にも由美子さんのタロット占いが当たったことになるな。俺の未来のカードは『死』だった。あれは俺が『春の間』で死ぬことじゃあなくて、死刑になるかもしれないってことを意味しているのかもな」
暁はそれだけ言うと、みんなの方に去っていった。
タロット占い。僕はその存在をすっかり忘れていた。確か僕の未来のカードは「悪魔」だった。絶望という意味だ。まさに僕の今の状況を的確に表している。一人の友人が死に、その殺人の罪によってもう一人の友人が裁かれる。これ以上の絶望があるだろうか。
「迎えの船がやって参りました。みなさま、荷物の準備をお願いします」
三日月さんの言葉で夕方になったことを知る。船長は四日目の夕方に迎えにくると言っていた。物思いにふけっていたら、あっという間に時間が経っていた。
館の外に出ると夏独特の暖かい風が僕たちを襲う。夕日が海を照らしており、うっすらとした朱色に染まっている。
気がつくと、喜八郎さんが僕の横に立っていた。
「諫早殿にとっては辛い出来事の連続じゃったな。一度に二人の学友を失うのじゃ。ご愁傷様と言うほかあるまい」
僕はうなずく。
学友を二人失うだけではない。一人の学友は僕が牢獄へ送ったようなものだ。僕が「秋の間」で二冊の「ことわざ辞典」を発見していなければ、事件は迷宮入りしたかもしれない。
そして、僕のスマホには「春の間」を含めた事件現場の写真が収まっている。ポケットに入ったスマホがずっしりと重く感じる。思わずスマホを海に投げ捨てたい衝動に駆られる。しかし、スマホを捨てたところで事件が起きた事実は消えない。現場は厳重に保存されている。警察が調べれば、あっという間に事件の全貌を暴くだろう。それにこのスマホには夏央との思い出の写真もつまっている。
「諫早殿には思うところがたくさんあるじゃろう。しかし、貴殿はこの数日で精神的に大きく成長しておる。時間はかかろうが、必ずや乗り越える日が来るじゃろう。貴殿に一つ言葉を贈らせてもらおうかの。『冬来たりなば春遠からじ』じゃ。今は大変辛かろう。しかし、これを耐えれば必ずや幸せな時期は来るのじゃ。まずは、この忌々しい館に別れを告げるとしようかの」
喜八郎さんの言葉で僕は振り返って館を見る。この四日間に色々なことがあった。草次さんたちとの何気ない雑談、盛り上がった晩餐会。決して悪いことばかりの連続ではなかった。いい思い出もあるのだ。僕は今回の悲劇の連続を乗り越えようとも、この数日間を忘れてはならない。
「おーい、お二人さん、早くこっちに来なー」船長が僕たち二人を呼んでいる。いつの間にかみんなは乗船していたらしい。
僕は船に向かって歩き出した。明けない夜はない。いつか明るい未来が来ると信じて。
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