犯人は――

 その後の時間はあっという間に過ぎ去った。光陰矢の如しとはこのことだろう。

 


 いつの間にか三日月さんが配膳ワゴンを押してキッチンからやって来た。もう昼食の時間なのか。



 暁はもたれかかっていた壁からテーブルに向かってきたし、天馬さんも椅子を持ってこっちに向かってくる。僕もちょうどお腹が空いていたところだ。喜八郎さんを見やると、杖をつきながら席に向かっているが、その表情は明るくなかった。なにか考え込んでいる様子だった。



「お待たせしました。本日の昼食になります」

 三日月さんがみんなの前に料理を配る。今回も由美子さんが手伝いを買って出てい

た。


磯部さんは「早くせんか」とせかしていた。この人は相変わらずだ。



 無事に配膳が終わって、まさに箸に手を伸ばした瞬間だった。こほん、と喜八郎さんが咳ばらいをした。静かな広間に大きく響く。



「みな、食事に入る前にわしの話を聞いて欲しい。決して、無駄な時間にはせぬ。今回の一連の事件の真相についてじゃ」

 喜八郎さんの言葉に広場にどよめきがおこる。



「おい、ちょっと待て。まさか犯人が分かったとでも言うのか? 冗談は時と時間を選んでして欲しい」磯部さんが珍しくまっとうなことを言った。



 僕自身も喜八郎さんの発言には疑問を持った。四つも事件が起きたのに、素人に真相が分かるのだろうか。



「まあ、磯部殿の言うことも分かる。じゃが、そのまさかじゃ。犯人が分かったのでの。ある程度の確信はある。昼食前の余興ということでどうじゃ」

 


「腹が減ってしかたないんだ。手短に頼むぜ」草次さんが釘を刺す。

「ふむ、可能な限りそうしよう。ただ、事件は四つある。順序立てて解き明かすとそれなりに時間がかかるのは勘弁して欲しい」

 喜八郎さんは一呼吸置くと続けた。



「さて、まずは最後の事件、つまり『秋の間』での事件じゃ」



「えっと、なんで最後の事件からなんでしょうか。普通、最初の『春の間』での事件からだと思うんですが」由美子さんが質問する。



「これには理由があるのじゃ。そこは勘弁願いたい。さて、『秋の間』での事件前じゃが、みなで分担して荒木殿を探すことになったのう。その時、釣部殿、天馬殿、暁殿が『秋の間』へ探索に向かったわけじゃ。どこのグループも三人以上で行動しており襲撃は難しい。そして天馬殿と釣部殿が二人になったのも、偶然じゃ。この事件については犯人はかなり運に頼ってみえる。じゃが、真相はそうではない」

 僕たちは喜八郎さんの一言一句を聞き漏らさまいと集中する。



「問題はグループ決めの段階にある。薫さん、どのように組み分けしたか覚えておるかの」



「ええ、もちろんよ。うちの人が勝手に決めちゃったのよ。天馬さんと暁さんを指名して。うちの人は将来的に遺産が天馬さんにいくことを嫌っていたし、天馬さんのことを出来損ない、我が家の恥――あくまでうちの人の言葉で、私はそう思ってないけど――と言っていたから意外だったもの」



 薫さんの言うとおりだった。あんなに毛嫌いしていた天馬さんを指名したのは、秋吉さんらしからぬ行動だった。



「薫さん、ありがとう。そのとおりじゃ。釣部殿の行動はかなり不自然じゃった。そして、荒木殿を探していたにもかかわらず、わざわざ暁殿に席を外してもらって『秋の間』で天馬殿と二人きりになっておる。そうなれば、グループ決めの段階で二人きりになりたかったと考えるべきじゃ」



 なるほど。筋がとおっている。だが、なぜそこまでして秋吉さんが天馬さんと二人きりになりたかったのかという疑問が残る。



「そして、さきほど天馬殿と諫早殿の会話を立ち聞きしてしまったのじゃが、天馬殿の話によれば、二人きりになったあと釣部殿が駆け寄ってきたところで意識を失ったとのことじゃ。天馬殿、そうじゃの?」



「ええ、そうです」天馬さんが首肯する。



「さて、二人きりになったタイミングで持病で意識を失うことはないに等しいじゃろう。ここは釣部殿が天馬殿に駆け寄り、なんらかの方法で意識を奪ったと考えるのが妥当じゃろう」



 薫さんがガタっと音をたてて立ち上がる。



「ちょっと待って。話がみえないわ。仮にうちの人が天馬さんの意識を奪ったとして、結局殺されたのはうちの人よ。普通逆じゃないかしら。うちの人が天馬さんを殺したのなら話は分からなくもないけれど……」



「確かにその婆さんの言うとおりだ。さっきから話の着地点が見えないぞ。釣部の爺さんが殺されたのが現実だぜ?」

 薫さんが暁をにらみつける。



「せめて『おばさん』にしてもらえるかしら。あなたはもう少し言葉に気をつけるべきね」



「まあまあ、二人とも落ち着くのじゃ。さて、釣部殿が天馬殿の意識を奪ったところまで話は進んだの。では、誰が釣部殿を殺すことが可能か。他のグループはみな団体行動しておりアリバイがあるし、二人きりになったことも、もちろん知らぬ。この状況下で犯行が可能なのは――暁殿ただ一人じゃよ」



 広間を静寂が包んだ。誰一人として喜八郎さんの言葉を信じていないのだ。かく言う僕も同じだ。暁が犯人? まさか。



「おい、爺さん、おとなしく話を聞いていれば勝手に犯人扱いしやがって!」

 暁が憤慨する。僕だって同じだ。友人を犯人呼ばわりされてカチンときた。



「喜八郎さん、いくらなんでも話が突飛すぎます。第一、暁には秋吉さんを殺したという物的証拠がありません」僕はきつい口調で反論する。



「確かに物的証拠はない、それは認めよう。じゃがのシャーロック・ホームズの言葉を借りるとするかの。『すべての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』じゃ。つまり、消去法じゃ」

 喜八郎さんは言い終えると目を閉じる。次の言葉を探しているようだった。



「みなもご存じのとおり、『秋の間』には辞書が二冊あったの。あれもうまく説明ができるのじゃ。一つは『秋の日は釣瓶落とし』じゃ。これはみなも知ってのとおり、ことわざに見立てて釣部殿が殺されておる。では、『高く肥ゆる』はどうか。秋原天馬殿の名前には天、馬、そして秋の字が入っておる。気づいた者もおるじゃろう。このことわざは天馬殿を指しておるのじゃ。つまり、『秋の間』で殺されるのは天馬殿のはずじゃった」

 喜八郎さんは一呼吸おく。



「これで釣部殿が天馬殿と二人きりになった理由も明白になったのう。釣部殿は天馬殿の殺害をもくろんでおったのじゃ。恐らくもう一個のことわざ『天高く馬肥ゆる秋』になぞらえて、天馬殿を絞殺したのちに梁からロープで吊るす予定だったと思う」

 喜八郎さんのたどり着いた真相は信じがたく、悪夢でも見ているかのようだった。

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