「塔」のカード

「さて、今回の犯人は個室にこもっていた人の中にいそうじゃ。しかし、今から手荷物検査をしても遅かろう。どうするかの……」



「もう一通り議論を尽くしたんだ。次は現場保存すべきじゃないか?」草次さんが提案する。



「草次殿の言うとおりじゃな。さて、証拠撮影をお願いできるかの?」



「僕もやります!」

 僕は自ら名乗りでる。



「しかし、諫早殿はまだ本調子ではなかろう。無理は禁物じゃ」



「この事件は、夏央の仇は、僕がとりたいんです。それに僕は犯人じゃないんでしょう? 草次さんを疑っているわけじゃないんです。でも、一人より二人の方が良くないですか? 今回の事件で気付いたんです。『春の間』で証拠撮影をしたのは僕だけです。それが失策だと思ったんです」



「失策? どういうことかの?」



「今、この島は通信手段が絶たれています。この状況下では、僕が撮った写真を皆さんに転送できません」



「なるほど。つまり、『春の間』を再び開けない限り、諫早殿しか事件現場の状況を把握できないわけじゃ。『春の間』を開けては犯人に証拠隠滅のチャンスを与えてしまうからの。そうなれば必然、犯人は諫早殿の携帯電話を狙うに違いない。その場合、最悪諫早殿も命を落としかねん。こういうことじゃな?」



「はい。二人と言わず、可能な限り皆さんも一緒に撮るべきです。これで犯人は『夏の間』の事件については、証拠隠滅ができなくなります」



「まあ、一理あるな。犯人候補の俺だけが撮ったら、いつでも写真を削除できるし、俺を襲うこともありうる。自分の身を守りたいからな、賛成だぜ」草次さんが同意する。



「そうとなれば、皆で写真を撮る方向で決まりじゃな。まさか異論はあるまいて」



「この状況で反対するほど、犯人も馬鹿じゃないだろ」暁がつぶやいた。



 結局、みんなが証拠写真を撮ることになった。



「提案よろしいでしょうか」薫さんが手を挙げる。



「なんなりと」



「証拠の撮影ですが、一つの証拠を順々に撮っていく方がいいのではないでしょうか。ばらばらに撮ろうとすれば、他の人が撮影する前に犯人が証拠を隠滅できますから」



「ナイスアイディアじゃ。それでいこうかの」



 最初は夏央の遺体だった。直視する勇気はない。



「諫早殿、暁殿は撮らん方が良い。これ以上、トラウマを増やす必要はない」

 僕らは素直に従った。仮に写真を撮った場合、それはスマホの写真一覧に残る。今後、写真一覧を見るたびに今回の事件を思い出してしまい、トラウマはより深刻なものになるに違いない。もちろん、他の証拠写真もこの島を無事に出て、警察に写真を提供したらすぐにでも消したい。



「さて、次は遺体周辺の物的証拠じゃな。まず、手始めにこの紙切れじゃな」

 喜八郎さんが杖で指した紙片は、火によってほとんど焼けていた。かろうじて数文字が残っている。



「『…夏……で……た。……』? さすがに何が書いてあったのかは読み取れないな」草次さんがじれったそうに言う。



「夏……夏と言えば『夏央』か『夏の間』かしら? 草次、それ以外に何か思いつく?」

 草次さんは由美子さんの問いに首を振る。

 僕もそのどちらかだと思った。



「次はこれじゃ」

 喜八郎さんは燃え切った棒とライターを指す。



「凶器だな。問題はどっちが死因かだな。殴打か焼死か」



「僕は焼死だと思うな。さっき誰かが言っていたけれど、わざわざ椅子に縛り付けているから」

 磯部さんの言葉に天馬さんが応じる。



「凶器とセットでコートも撮った方がいいんじゃないか?」と暁。



「そうじゃな、暁殿の言うとおりじゃ。その方が分かりやすかろう」



「続いてこれかの」

 喜八郎さんが床一面に散らばったタロットカードを見て言う。由美子さんが夏央に貸したものだ。大半が焼け焦げていたが、かろうじて残っているものもある。



 タロットカードを撮っているときだった。ふと一枚のカードが目に入る。それは「塔」のカードだった。カードの図柄を改めて見た。塔に雷が落ち、人々が転落している。そして、雷によって「火事が起きている」。まさに、この部屋の状態とそっくりだ。



「私の占い、外れればよかったのに……」由美子さんがつぶやく。



 偶然とはいえ由美子さんの占いが当たってしまった。彼女は責任感を感じているに違いない。



「偶然だよ、偶然。気にする必要ないって」僕は慰める。



「違うわ、今回だけじゃないの。『春の間』の一件もそうよ」



「由美子さん、落ち着いて。確かに暁の未来は『死』のカードだったけど、そうはならなかった。そうでしょ?」



 自分で言いつつ、説得力のなさを感じていた。あの一件も占いが当たっていても、おかしくはなかったのだ。暁はかろうじて死ななかったものの、由美子さんの適切な処置がなければどうなっていたか分からない。



「由美子、そう思い詰めるな」草次さんが背中をさすりつつ、慰めた。



「最後はこれかの」

 またしても、現場には開かれた辞書が置かれていた。スプリンクラーの水でびしょ濡れになりうねっているが、文字はかろうじて読める。犯人が何をしたいのか分からないが、何かしらの意図があるに違いない。しかし、それが分かれば苦労しない。



 だが、「春の間」で見たものと何か共通点があるように感じた。辞書が開かれて置いてあるのはもちろん、それ以外にもどこかに共通点がある。でも、それが分からない。もう少しで分かりそうなのに。じれったい。



「辞書が部屋の隅に置かれているのが気になるわ。明らかに故意よ」冬美さんが指摘する。



「冬美さんの言うとおりじゃな。犯人は辞書に固執しておる。何かのメッセージだとは思うのじゃが……」



「辞書、辞書……相棒、何か思い浮かぶか?」暁が草次さんに話をふる。



「さっぱりだ」草次さんは肩をすくめる。



「ひとまず、意図については置いておくほかあるまいて。さて、残りは窓や扉周りじゃな」

 窓や扉周りを見たが、これといって気になるところはなかった。

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