【読者への挑戦状】季節は巡りて

雨宮 徹

発端

「ジリリリリーン」

 館中にけたたましく音が鳴り響く。僕は暁と顔を見合わせる。

「これ、何の音?」

「火災報知器じゃないか? 火事に違いない! 早く消化に行くぞ!」暁はそう言うが早いか、音のする方へ走りだす。「夏の間」の方だ。

「暁の方が足速いから先に行って!」

 暁は手を挙げて了解の合図をすると、視界から消えた。


「諫早さん、大変なことになってそうだ!」

 天馬さんが駆け寄りながら叫ぶ。


 息を切らして天馬さんと火災現場にたどり着くと既に鎮火していた。恐らくスプリンクラーが作動したのだろう。初期消火は終わっていた。一安心だ。


 だが、部屋の中から異様な臭いがする。恐る恐る部屋を覗くと椅子に誰かが縛りつけられている。そして、その人物は――焼死していた。

「そんな……」先に着いていた暁がポツリとつぶやく。


 それからまもなくだった。喜八郎さんが杖をついて、ゼエゼエ言いながらやって来た。片足が不自由なので、ここまで来るのに苦労したに違いない。

「ついに、殺人事件が起きてしまったようじゃな……」


 僕らは前の事件のせいで、お互いに疑心感を持っていた。そんな中での殺人事件だ。これは、僕たちの信頼を崩しさるのに充分だった。


「暁さん、君がやったの……?」天馬さんが、思わず尋ねる。

「そんなわけあるか! だって、殺されたのは……」暁は絶望のためか、その後の言葉が続かない。


 こうして、豪華バカンスは殺伐とした、血生臭いへ殺人現場へと変貌していった。


◇      ◇        ◇


 僕は潮風に吹かれながら思った。夏に離島でバカンスとはなんという幸運。暁には足を向けて寝れないぞ。


「おーい、周平ぼっけとすんな。もうすぐ島に着くぞ、早く来ーい」


 遠くから僕を呼ぶ声が聞こえる。風のせいでハッキリとは分からないが、口調からして暁だろう。振り向くと案の定、暁が僕に向かって手を振っている。彼のはおっている水色のTシャツが風になびく。さっそく恩人のお出ましだ。彼は恩人である前に、一人の学友だ。僕はもたれかかっていた欄干から離れる。


「まったく、最近の若者は、この風情ある景色を楽しむこともできんのか……」

 暁の方へ向かう途中で老人がつぶやいた。明らかに僕へ向けられた言葉だ。

 最初に会った時から、この老人とは馬があいそうになかった。いまさら気にしても無駄だ。

「今行くよー」

 僕はそう言うと暁のいる舳先へと歩き出した。この先に待っているバカンスに胸を躍らせながら。


◇ ◇ ◇


「そろそろ、卒論に手をつけなきゃまずいかなぁ」

 僕はため息をつきながら本の山に目をやる。『ポケット六法』『刑法各論』『刑法判例百選』。分厚い本の数々。法学部なんて入るんじゃなかった。


 読者好きな僕は文学部に入るべきだった。将来的に小説家を目指しているのだから。なぜ、法学部を選んだのか、過去の自分に問いただしたい。


「当たり前だろ、教授も言っていたじゃんか。『卒論の作成には余裕を持つように』って」

 隣で教授の物まねをしながら夏央なつおが言う。僕は思わず吹き出した。

「そう言われても説得力ないなぁ。夏央だって、まだ手をつけてないんだろ?」

「さて、それはどうかな?」と言いながらにやにやしている。

 これは卒論のテーマが決まっているかさえ怪しいぞ。


「せっかくの夏休みだから論文なんて忘れて、どこかへ遊びに行こうぜ」と夏央。

「それには賛成だけど旅行費が足りないんじゃ、どうしようもないよ……」


 お金を貯めて旅行に行こう、そう言いだした当人の姿はまだない。僕たちはアルバイトで稼いだはいいものの、旅行へ行くのが夏休みだということを失念していた。夏休みとなれば、家族連れで新幹線や飛行機はいっぱいだ。当然、鉄道会社らはここぞとばかりに値上げをする。ダブルパンチにより、僕らの計画はふいになった。


 そんなことを思い出していると、部屋の扉が勢いよく開いた。旅行を提案した暁、その人が、にやにやしながらこっちに向かってきた。


「やったぞ、やった!」

 暁の右手にはハガキが、左手には新聞の切り抜きと思われる紙片が見てとれる。どうせ新聞の懸賞に当たったとかだろう。それに暁はいつもオーバーに振る舞う。


 今度もたいした話ではないだろう。夏央も同意見なのか、暁に冷たい視線を向けている。

「おい、二人ともノーリアクションかよ。そりゃないぜ」

「どうせ、懸賞に当たったとかだろ? それとも競馬で万馬券でも当てたの?」

 夏央の考えは至極当然だった。


 暁は懸賞や賭け事が大好きだ。暁は夏休みの旅行に向けてバイトでせっせと稼いだお金を倍にすると言って、競馬で大負けしている。


 彼は負けず嫌いだから、どんどん勝負するも、あえなく撃沈。本人には賭け事に向いていないという自覚がないらしい。

 これも僕たちが旅行を断念せざるを得なかった理由の一つだ。


「そんなちゃちなもんじゃない。いいからこれを見ろよ!」

 暁は自信満々に新聞の紙片を差し出した。

「なになに。『抽選で離島にご招待! 夏は優雅なバカンスを』。で?」

 夏央はそれがどうしたと言わんばかりだ。

「それにさ、これ条件がついてるよ。『条件:姓名いずれかに春・夏・秋・冬のいずれかの文字が入っていること』。それに締め切りが六月だ。もう今は八月だよ……」僕は指摘した。

「さあ、これを見たまえ」

 暁がこれ見よがしにハガキを机に置いた。


「えーと。『ご当選、おめでとうございます! ラッキーなあなたには離島でのバカンスをプレゼント! 詳細は裏面をご参照ください』……。これ、どういうこと?」

「周平、お前の目は節穴か? つまり抽選に当たったってことだよ。しかも二名まで同伴可能だ! 俺の言いたいことは分かるよな?」

「またまた、ご冗談を」と夏央。

「そんなこと言っていると、連れてってやらないぞ」暁が言い返す。


「仮に締め切りまでに応募したとしても、条件で弾かれなかったのが不思議だよ」

 はて、暁の下の名前はなんだっけ? いつも苗字で呼んでいるから思い出せない。

「俺の名前は『暁 春太郎』だ。きちんと『春』の文字が入ってる。それにだ。少しでも当選確率をあげようと、二通応募したんだ」

「二通ぅ? ますますおかしいよ。だって同じ人が二通応募したら、門前払いをくらうよ」僕は首を傾げる。


「誰が自分の名前で二通出したって言った? もう一通は夏央、お前の名前で出したんだ」

「ちょっと、勝手に人の名前を使うなよ!」夏央はカンカンだ。

 確かに夏央の名前には『夏』の字が入っている。

「まあまあ、落ち着けって。当日まで時間がないんだ。早めに荷造りしとけよ。集合場所は……」

 かくして僕らは離島へのチケットを手に入れた。

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