第240話 侍女

「キリシマ」

「おう!」


 また霧島が指をヒョイと回す。根競べかよ。

 3度目の解呪でやっとググググッと黒いモヤモヤが身体から出てフワフワと飛び去って行った。と、同時にまだ動いていた近衛兵達がその場で気を失ってバタバタと倒れた。

 すると、待機していた侍従達。素早く駆け寄り、近衛兵が手に持っていた剣を回収し兵達を1箇所に集めた。


「スゲ……超教育されてるじゃん」

「メイドさん達のお陰ッス」

「え? なんで?」

「城の侍従達を教育していたッス」


 信じらんねー。メイドさん、影の立役者かよ。


「いろんなパターンを想定していたッス」

「はいぃ」


 戦闘マニアかよ。でも、助かったよ。俺達が動き易いように動いてくれている。

 ディオシスじーちゃんが直ぐに駆けつけてきた。


「ココ、よくやった」

「いえ、キリシマです」

「ああ、キリシマ。よくやったぞ」

「あたぼうよ」


 この場はもう大丈夫だな。なら、今がチャンスだぜ。


「ココ、何を考えている?」

「お祖父さま、今がチャンスです」

「ダメだよ。勝手に動いては駄目だ」

「でもお体も心配です」


 もし、精神干渉をされて自由がきかないのだとしたら、早く解呪しないと本人の精神が崩壊してしまう。だから、急ぐんだ。


「キリシマ」

「おう」

「サキ、リュウ、行くわよ」

「お嬢ッ!」

「お嬢さまぁ!」


 俺は剣を持ったまま、会場を駆け抜け奥へと進む。

 王子達の、執務室のあるフロアを抜け階段から上へと進む。


「お嬢、この奥ッス」

「分かったわ」


 いつもならこの先に近衛兵がいてそれ以上奥には進めなかったんだ。

 今日はどうだろう? どっちにしろ進むけどな。


「ラッキーッス。廊下に見張りはいないッス」

「ええ」


 いつもは廊下に2人、近衛兵が立っていた。今日は誰もいない。そのまま奥の部屋へと進んで行く。


「部屋の前にはいるわね」

「お嬢、先に行くッス」


 隆がそう言い、飛び出した。そして、部屋の前に立っている近衛兵を素早く気絶させた。


「リュウ、ありがとう」

「この兵も干渉を受けてるんですかぁ?」

「そうね、見てみるわ」


 鑑定眼で倒れている兵達を見る。ああ、真っ黒だ。


「キリシマ、真っ黒だわ」

「まかせとけ」


 霧島がバッグの中から顔を出し、指をクルッと回した。近衛兵は、倒れて気絶をしているのに苦しみだす。


「こりゃ、ひでーな」


 そう言って、もう1度。それでもまだ黒いモヤモヤは身体から離れない。


「これで終わりだろうよ」


 また指を回す。すると、やっと兵の身体から黒いモヤモヤが抜けていきすぐそこの部屋へと入って行った。


「王妃様の部屋ですぅ」

「入るわよ」

「お嬢、俺が先に行くッス」


 隆がドアを開けて入っていく。昼間なのに分厚いカーテンを引かれた薄暗い部屋の中、そこには侍女1人と、王妃らしき女性がベッドに横たわっていた。


「おい、ココ」


 霧島はもうバッグから出て俺の横に浮いている。


「キリシマ、ヤバイわね」

「おう。侍女はもう駄目だ。乗っ取られているぞ。あの侍女を動かしていたんだ。黒いモヤモヤもあの侍女に戻っていたんだろう」


 第3王子を幽閉し、対応していたのもこの侍女だろう。既に目が普通じゃない。白目が黒くなり、瞳孔だけが不気味な血の色の様な赤に光っている。

 弓を描いた口からは、2つに割れた舌がチョロチョロと出ている。


「もう解呪しても無理なの?」

「助かるか分からねーな」

「それでも、分からないなら殺せないわ」

「おう。じゃあ解呪だな」


 霧島が手を向ける。それだけだ。何も動かしていない。

 なのに、侍女は苦しみ出した。


 ――グアァァァーッ!


 と、女性のものとは思えない悍ましい声をあげて胸を掴みながら苦しんでいる。


「ちょっと、一気にはダメよ」

「やってねーよ。ちょっと強く解呪しただけだ」

「お嬢、まだッス」


 侍女はそれでも、鷲の様な鋭い爪をむき出しにしてこちらに飛び掛かろうとしてくる。その爪がある手だけでなく、首筋やこめかみにも血管が浮き出て真っ黒な目を見開いている。


 ――ガキーンッ!


 隆が咄嗟に剣で爪を防いだ。真っ黒になった鋭い爪が剣を掴んでいる。


「お嬢! 今ッス」

「リュウ、そのままだ!」


 霧島がまた手を侍女に向けた。

 侍女はバタッと倒れ呻き出す。それでも背中からくろいモヤモヤが出たり入ったりしている。


「キリシマ、もう1度だわ」

「おう」


 侍女に向かって手を翳す。すると、黒いモヤモヤが身体を離れて飛んで行った。


「こいつが倒れたから大元に戻るんだ」


 倒れてピクリとも動かなくなった侍女。あの大きな爪が無くなっている。生きてはいるが、この後意識が戻るかどうかは分からない。

 隆が侍女をそっと抱き上げ、ソファーに寝かせている。意識が戻るといいな。ヒールとピュリフィケーションをしておこう。


「王妃様はどうなってるの?」


 俺は鑑定眼で見る。生きているのか分からない位、静かに横たわる王妃。


「生きてはいるな」

「これ、どういう事なの?」

「お嬢さまぁ?」


 俺は鑑定眼で確認したんだ。余程深く精神干渉を受けているだろうと。


「大丈夫よ。意識はないけど精神干渉はそう深くないわ」

「あの侍女の方が深かったな」


 霧島の言う通りだ。比べ物にならない位、侍女の方が精神干渉は深かった。


「ちょっと待って。毒にも侵されているわね」

「おう。解毒の方が先だな」

「ええ」


 霧島がまた手を翳す。ベッドの中の王妃の身体が白く光った。


「おし、あとは解呪だ」

「キリシマ、少しずつね。耐えるだけの体力があるのか心配だわ」

「おう、分かってるぞ」


 霧島が指をクルッと回した。

 王妃の身体から黒いモヤモヤが浮き出ている。身体全体を覆うように、モヤモヤと蠢いている。


「もう1度だ」


 また指をクルッと回す。すると、モヤモヤがス~ッと離れて飛び去っていった。

 念の為、王妃にもヒールとピュリフィケーションだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る