第7話 ヴェルムナンド王国

「隆、もういいから頭を上げて、それ取れよ」

「いや、でも!」

「仕方ないさ。無事だったんだからもういい」

「お嬢、すんません」

「それよりもだ」

「はい……プフ……」


 ――ブンッ!


 俺は、手元にあった枕を隆の顔面目掛けて力一杯投げた。が、隆はそれをポフンと受け止めた。


「ゴラ! お前、今笑ったな?」

「いやだって、お嬢。今は一応お嬢様なんスからその……胡坐は駄目ッスよ」

「あぁ?」


 俺はベッドの上で胡坐をかいて座っていた。しかも、腕も組んでいる。確かに8歳の令嬢がする格好じゃない。


「男だった時間の方が長いだろうよ」

「お嬢さまぁ、それはもう死んでしまってますしぃ」

「そうッス。今は辺境伯家のご令嬢ッス」

「分かってるっての!」


 分かってはいるが、長年の日常の癖や仕草なんかはそう簡単には変えられないだろうよ。


「お嬢さまは記憶が戻る前からそうでしたからぁ。分かりやすかったですぅ」

「そうッス」

「え? 俺なんかやらかしてる?」

「だからぁ、『俺』は駄目ですぅ」

「プハハハ」


 ――ブンッ!


「フグッ!」


 俺はまた枕を投げた。今度は隆の顔面に無事ヒットした。


「慣れねーんだよ!」

「いや、お嬢。記憶が戻るまでは普通に令嬢だったッスよ」

「そうか?」

「そうですぅ」


 だからって、記憶が戻ってしまったら女の子らしくなんて違和感ありまくりなんだ。


「お嬢、今の状況は覚えてるんスか?」

「あぁ? まぁ、なんとなくな」


 俺が幼女に転生したこの国は、ヴェルムナンド王国という。

 現在の王には3人の王子と1人の王女がいる。大国と言う訳ではないが、緑も豊かで飢饉等には程遠い恵まれた国だ。


 俺のいる辺境の領地からは、かなり遠くにある王都は高い防御壁で囲まれている。その中心には、星形の城砦で囲まれた立派な城があり、星形の凹んだ部分には三角形のラヴリンがある。内側には兵達が移動する為の斜路があり、平時は王城を守る兵達の簡易的な駐屯所も兼ねている。

 その王都を中心に街々をつなぐ街道が整備されている。街はどこも高い防御壁に囲まれている。

 辺境の地も、魔物避けを兼ねて要塞の様な防御壁で囲まれている。でないと、魔物が入ってくるんだ。だから、旅人だとか行商人だとかは必ず護衛を連れている。若しくは自分で魔物を撃退するだけの能力を持っているかだ。街道だって安全ではない。魔物だけでなく、盗賊も出たりするからな。

 

 この国の東側には、対岸が見えない程の大河が流れていて隣国との国境になっている。

 そして南端は豊かな海だ。ヴェルムナンド王国唯一の港もある。港から大河を使って王都近辺まで船で行けるので、貿易も盛んだ。


 俺の父が領主として治める辺境の領地は、国境から反対側の国境まである広大な領地で国防の要だ。しかも、南端なので国内唯一の港も含まれる。そして、領主隊と言う独自の部隊を持つ。

 一昔前は、2つの伯爵家が各々治めていたが、嫡男が亡くなったり魔物に殺されたりで没落してしまった。そして、誰も治めたがらなかったが為に祖父の代からはうちが統治する事となった。

 何故、誰も治めたがらなかったのか……

 それは、辺境のこの地が特殊だからだ。王都から遠く離れ、その上隣国や魔物の脅威に晒されている。しかも、魔物の出現率がとんでもなく高い。何故かというと、東側の国境になっている大河が辺境の地直前から森の向こうへと流れを変える。この森が、魔物の住処になっている。

 辺境の地直前までは大河の対岸に森があり魔物もそう出てこない。なのに、領地直前から川筋が森の向こうへと変わるんだ。

 その森から魔物が出てくる。ダンジョンなんて有難くもないものまであるので、時々スタンピードまで起きる。

 そんな、危険な地を一手に担っているのが、今の俺の父だ。と、言うか、インペラート家だ。

 父1人の手には余る広大な領地だ。そこを、親戚中で手分けをして治めている。大まかには、西側の国境を父の弟が、東側の魔物の脅威が高い地域を父がという風にだ。

 しかし、それだけでは治めきれない。

 いつでもどこへでもヘルプに走ってくれるのが、今はもう現役を引退した祖父兄弟だ。家督を譲った後だと言うのに、2人共フットワーク軽く西へ東へと元気に走ってくれている。鬼強い祖父ちゃん達だ。そして、比較的安全な領地の中央付近を、うちの家に傾倒している伯爵や下位貴族達にも土地を分けたり、街に領主として置いて管理している。

 辺境伯といっても、そこら辺の伯爵よりはずっと地位が高い。

 何を血迷ったのか、そんな危険な領地を奪おうとちょっかいを出してきたのが、今回俺を誘拐したバカブータダ子爵だ。危険で誰も治めたがらなかった領地なんだぜ。自分は出来るとでも思ったのだろうか? 地位が欲しかったのだろうか? その割にあっさりと父に捕まっていたらしいが。

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