講和

「ほほほ、早速ここを使うのか。楽しみじゃな」


 ダイアムが靴を脱いで議場に上がった。

 モルデスもそれに続いた。


「おやセリムさんじゃないですか。もう腰は治りましたかな?」


 モルデスが言った。


「お陰様で良くなってきました。ありがとうございます」


「で、アシェルでいいのか?」


 ダイアムがアシェルに耳打ちすると、アシェルは頷いて応えた。


「あぁ、こちらはエルファト院のアルナスさんです」


「こんにちは、アルナス・グシュナーと言います」


「始めまして、ダイアムと言います」


「私はモルデスです」


 アルナスは彼らが姓を名乗らなかったので、その出自を察した。

 セリムも知り合いのようだったので、どうやら暫く彼らと過ごしていたのだろうと思った。


「で、アシェルや、議事はなんじゃ?」


 モルデスが尋ねた。


「うん、戦争とか病で親を亡くした子供とか、仕事がなくて毎日食べられない人にどうやってご飯をあげるか、と言う話です」


「アシェルは南で見てきたんじゃろう?」


 モルデスは尋ね、アシェルは頷いた。


「確かに対応が必要な案件じゃな。今でどれくらいの人がおるのか分かるか?」


「エルファト院の炊き出しに来る人はおおよそ百五十人前後です。老人から女性、そして子供まで様々です。それが各地域の寺院にも来ていますから、かなりの数になります」


 アルナスが答えた。


「今回の戦の戦死者数がおおよそ一万五千人だから、またかなり増えるだろうな」


 ダイアムが言った。


「この問題は、食料を与えれば解決する問題ではないのが、困ったところですね」


 セリムが言った。


「そうなんです。施しが当たり前になってしまっては皆の働く気概を削いでしまうし、本人もそれを頼って自立する機会を無くしてしまうのです。炊き出しに来る人の大半はもう馴染みなのです」


「痛し痒しであるなぁ。やらねば盗みや餓死が出るし、やれば依存してしまう」


 皆頷いていた。


「お金を稼ぐ方法って教えられないのかなぁ」


「ほほほ。アシェル君は儲かりそうな話を人に教えてやるのかな?」


 セリムは冷やかし半分で言った。


「そう言うことじゃなくて、僕だったら鉄を鍛えて売ったりできるでしょう? あれで僕はちょっとお金を稼げたんだ。そう言うのは教えられないのかなぁ?」


「アシェルの言うことは正しいことなんじゃよ。食べ物を与えるより食べ物を得る方法を教えてやるのが最良なんじゃ。しかし教えるのが難しいのよ。自分で稼げるようになるまでは何かに頼らねばならんし、何より教える人間も中々おらん。本人の向き不向きもあるし、一番大きいのはそれを実施するための資金をどうするか、なんじゃよ」


 モルデスは言った。


「もしご存知でしたら教えて欲しいのですが、元貴族の農園はどのようになるかご存知ですか?」


 アルナスが尋ねた。


「あの農地は元からいる小作人に継続して働いて貰って、彼らには給金を払うことになるだろう。暫くは国営農場として運営する形をとる」


 ダイアムが答えた。


「しばらくは、と言うと将来的に変わるのですか?」


「まだ未定なので断言はできんが、意欲のある小作人には少額で農地を売って、自立できるように促す案がある」


「それは良い案だ。それを聞けば彼らも安心するでしょう」


 話に夢中になった彼らは気付いていなかったが、議場の周りには足を止めて議論に耳を傾ける者が多くいた。

 デネブはそれを見て、エルマを呼んだ。

 するともうそこに居ると返ってきて、周りを見渡すと、城門の辺りからこちらを見ているのを見つけて、思わず笑った。


「ひとまずそこで働く意欲のあるものは受け入れていくのは出来そうか?」


 モルデスは尋ねた。


「これも断言できんが可能ではあると思う。農地の広さと今いる小作人の数では恐らく人手が足らないだろうから、そこに来てくれるなら、小作人から仕事を教えてもらいながらやれるのではないかと思う」


 ダイアムがそれに答えた。


「大人の方はひとつ案が出たな。問題は子供の方だな」


「そうなんです」


 アルナスは同意した。


「文学院の学舎みたいなのはできないの?」


 アシェルはモルデスに耳打ちした。


「学舎か……」


 モルデスは唸った。


「良い案ではあるよ。問題はゼニじゃ。こっちではゼニが必要なんじゃ」


 モルデスは小声で言った。


「お金かぁ……。でも情報を沢山持ってないと良い議論できないって言ったよね?」


 モルデスはうむ、と頷いた。


「僕は学業ほったらかして鉄を触ってたけど、文字の読み書きとか算術とかは、お母さんとかタレイアが教えてくれたからできるんだ。でもあの子達はお母さんもいないかもしれないから、誰からも教われないでしょう? そうするとあの子達はここに来ても議論に加われないよ」


 モルデスは再びうむ、と頷いた。


「その通りだ。アトワールが求める社会には重要なことだ。例えばな、そこにおるデネブが、技術の継承と開発のための研究所の設立を提案しとる。それとわしの文学院の研究も併せて専門の学院を作る案がある。各分野の専門家が集まるのでそれは面白いことになりそうなんじゃ」


 皆頷いて聞いていた。


「そこは公費で賄われるんだが、今思いついたんじゃが、その専門家に子供の勉学の先生をやって貰うのも良いかもしれんな」


「それは面白そうだ」


 セリムが興味を持ったようだ。


「セリムさんは法律学でぜひ来てもらいたいところですよ」


「喜んで参りますよ」


「寄宿舎も提案してみようかの」


 モルデスが言った。


「それは良い。彼らにも励みになると思いますよ」


 セリムは言った。


「では早速それを纏めて貰おうかな」


 エルマだった。


「なんじゃ来ておったのか」


 モルデスがエルマに言った。

 エルマは笑っていた。


「この場所の最初の成果がこの案件と言うのは面白いね。いい話だと思う。今すぐ決めたいが、皆の意見も聞いてみよう。早く議会が発足できると良いが、一歩ずつだな」


 エルマの議会という言葉にアルナスが興味を示して尋ねた。


「議会というのは何ですか?」


「政策や法律の立案、問題の抽出と対処法の立案などを議論して決定する機関を、民の代表者を立てて行う組織です。政治はこれまで貴族が行なってきましたが、これからは民に参加して貰うつもりです」


「それはまた斬新な……」


「最初は街の顔役を集めて議論する場を設けます。それがこの場所です」


「なるほど。そういうことだったのですか。しかしアシェル君はよく思いつきましたね。人選も彼が集めたんですから、大したものだ」


 皆相槌を打った。


「あと、職業安定のために公共事業も検討したい。鉱山の東に街を作ろうと思う。主な産業は農業と林業、それから製鉄。あの鉱山はまだ鉄が出る。街道整備もあるな。物流を速やかに行う必要がある」


「なるほど。やれることは色々あるということですね」


 エルマは頷いた。

 セリムは安心したようだ。

 王朝の変わり目は混乱を招きやすく、懸念していたのだ。

 国を栄えさせる策を講じていることを見て安心できた。

 それに自分も参加できるのが何より嬉しいことだった。




 エルマやリーサがカレアンを去った後、大量の金貨をティルナビスで下ろし、そのままリーサはイリスを伴ってキルシュへ向かった。

 講和のためである。

 リーサは旧ロンバルドを代表して調印した。

 賠償金も全て持参した。

 調印はシェプールの広間で行われた。

 これで戦は終結となる。

 戦を起こして誰も得をしない。

 こんな結末になろうとは、予想だにしていなかった。

 サルマンは王を亡くしたが、国内の膿を排除し、新たな時代に入るだろう。

 戦に勝利したことが弾みになるに違いない。

 一方ロンバルドは実質滅んだ。

 王は自害して王位を譲り、主だった貴族は戦で果て、残ったものは少ない。

 王都であるグリシャの王宮を中心として内城門の内側には、もう誰もいなかった。

 旧王家を探し出し、王に娶らせるために作られた組織も、結局は旧王家によって壊滅されたのだ。

 残ったのは自分だけだ。

 リーサは敗戦処理の責任を果たし、あとは国内においてどう責任を取るかである。

 それはもう決めていた。


「どうやってエドムを捕らえたのか、聞かせてもらえませんか?」


 ダエグは少し躊躇いつつも、答えてやることにした。


「臣下がエドムを引き渡すという申し出を受けた。どこでどうやって捕らえたかなどは、聞いておらぬ」


「あなた方ではないということですか」


 ダエグはただ頷いた。


「此度は我々も運良く勝ちを拾ったに過ぎん。それがなくば、結果の決まった茶番の戦で徒に兵を死なせ、農園は奪われていただろう」


 ダエグは本心を言っているとリーサは思った。

 状況を覆したのは、やはりあの者たちなのだ。

 我々の軍が渡河し、後戻りが出来なくなったのを見計らって、財源の柱である鉱山を奪った。

 それだけでロンバルドは戦争継続に影がさす。

 西の軍はヘルマインがいるため軍の再編が難しいことを知った上で堂々と少数で出てきたのだ。

 しかも、骸骨の軍団などに怯えて逃げたと聞くが、そこまでの術を操る者がいるとは、予想を遥かに超えていた。

 ラルゴが出ておらずとも、破れていたかも知れんな、とリーサは思った。


「アトワールには頭が上がりませぬな」


 ダエグは苦虫を噛んだような顔をしていた。


「では我々はこれで失礼をする」


 ダエグに見送りを命じられた臣下は彼女を船まで送り、リーサはキルシュを発った。



 

 リーサがサルマンに向かった頃、エルマはリエナと共に馬車の中にあった。

 窓もない真黒な馬車はガタガタと揺れながら夜道を進んだ。

 どこへ向かっているのかは分からなかった。

 やがて馬車は止まり、着きましたと御者から声がかかると、エルマはリエナに麻の袋を手渡した。

 被れというのだろう。

 リエナはそれを頭に被ると、エルマは丁度首あたりにあった紐を引いた。

 巾着の口が締まり、何一つ見えなくなった。

 馬車の扉が開かれ、護衛の手につかまって降りた。

 そしてそのまま手を引かれるまま進んだ。

 足の裏の感触が変わった。

 石畳だ。


「階段があります」


 護衛がそのようにいうので、足を踏み外さぬようゆっくりと、壁に手をつきながら降りた。

 幾度も曲がり、部屋に通された。

 後ろで扉のしまる音がした。

 そこで袋が外された。

 大きな部屋だったが窓はなく、鉄格子が部屋を二つに分けていた。

 鉄格子の奥には寝台や机と椅子が置かれていて、そこに義弟が座っていた。


「死んでおらんぞ。残念だったな」


「ここにいては死んでいるのと変わらんではないか」


「そうかもしれんな。だがお前も俺を殺せない。俺が出る時は親父とお前が死ぬ時であろうな」


 帰りの馬車の中、向かいにエルマがいた。


「真、良い札を手に入れたものだ」


 リエナはエルマを見た。

 何とも美しい女だと思った。

 それがまた腹立たしいのだ。

 力も財もあり、知恵もある。

 目的のために利用できれば、これほど良い道具はない。


「私に何をさせるつもりだ? お前の望みは何だ?」


 その女は笑っていた。

 目を細め、赤く血色の良い綺麗な唇が美しい弧を描いていた。


「私はあの家とギルドを潰したいのだ」


「何故だ?」


「政の邪魔だからだ。お前はあの家が欲しいのか?」


「そう。あの家を手に入れる」


「手に入れてどうする? 海賊女帝が望みか?」


 リエナは考えた。


「それも良いな。だが私は王になりたい」


「王になって何をするのだ? 国は続かねば意味はない。海賊と金だけの国が長く続くと思うのか?」


 リエナは返す言葉が見つからなかった。


「オセル王を知っているだろう。臣下に薬漬けにされて死んだ。国は王の思惑では動かん。不埒な臣下は国をも滅ぼしかねん。信頼できる者が何人いる? 自分の子が謀殺されるのが見たいのか?」


 リエナはエルマから目を逸せて言った。


「私の家は五百年前、お前たちに付いて、あのような島に流された。家族は現地人に何人も殺されたそうだ。ずっとお前たちを恨んでいた。突然消えたのだからな。担いでいた神輿が突然消えてしまっては、戦いのしようもないではないか。先祖は何とか生き抜いて、私がいる。私は五百年も前のことはどうでも良い。エサールもコーヘンも同じ思いだろう。私はただ家の汚名を雪ぎたいのだ」


 気持ちは理解できた。

 できることなら力を貸してやりたい気持ちもあった。

 彼女らの家の命運を捻じ曲げたのは自分たちなのだ。


「自分たちを島に追いやった連中に従うのは、辛いであろうな」


 リエナは何も答えなかった。


「感謝はしている。エドムを渡してくれたことだ。いつか互いの頭が整理できたらまた話をしよう。あの男はそれまであそこにいるだろう」


 エルマはティルナビスで彼女を下ろし、カレアンに送り届けるよう指示した。

 エルマは、リエナを乗せた馬車が街道を進んでいくのを見つめていた。

 今の状態を産んだ発端は自分たちにある。

 その事実を、エルマは噛み締めていた。

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