第70話 成長の証


「ランさん!」


落ちる。

そう直感した時、

杖に手を伸ばし地面に刺そうとしたが、

既にそこに地面はなかった。


『ガシッ!』

「あ…」


空中で安定している。

届かなかった杖に、桃子猫が噛み付いている。

鉤爪で踏ん張りながら。


「ンググ…」


口を無理に開いて

鬼気迫る表情のせいで猫がシャーしている

顔になっている。


「ンガッ!」

「わっ!」


一気に持ち上がり、地面に叩きつけられる。


「ぶへ」

「フーッ」


ここで初めて、犯人の顔を拝む。


「ブるるるる…」


ブルーブル。

原初の森林で、

突進しか能がないモンスターたちの、その上位陣。

青い牛。

既に蹄を地面に擦り、目を血走らせている。

まずい。

桃子猫は体勢を完全には立て直せていない。

この状態で盾を使用すれば、

後方にのけぞり崖に落ちるだろう。

仕留めるなら接触前。

なら、やるしかない。

杖を右手に、左手に弓と矢を十字に持つ。


「火球」


焦らずだが素早く。

杖を捨て矢に持ち替え、番える。

牛が走る。


射る。

弾ける。

直線上で弾けたということは当たったということ。

だが爆炎の後には、牛はいなかった。


「火球」


第二射を番え、警戒する。

敵は見えない。

立ち上がり、視界を広げる。


「あ」


斜め後方の茂みに、牛の尻が突き刺さっている。

尻は動かず、尻尾は垂れている。

倒した…らしい。


「桃子猫さん、やりました」

「ンー」


桃子猫は耳を抑えながら、立ち上がった。

やはり運用には耳に

配慮しなければならないようだ。


「オー…一撃?」

「おそらく」


他にプレイヤーはいないはず。

牛の前面は無傷だった。


「スゴいねーその魔法と矢」


未だかつて、

ブルーブルを一撃で屠ったことなどなかった。

桃子猫が突進を弾いて、

隙を突いてを五度繰り返した後倒すのが常だった。

この火球矢は、大きな躍進だ。

ブルーブルの生死を確認した後、

討伐証の角を剥ぎ取る。

そしてあの木が刺さっている茂みに行く。

老木は変わらず、水欲しそうな肌をしていた。

持ち上げる。


「軽…」


初めて持った時は、

何の感慨もなく木とはこれ程の重さだろうと、

両腕で担いだり

大袈裟に脇に抱え込んだりしていた。

今はどうだ。

片手で持てる。

指で三点を作れば、安定する。

タンスに被った埃を払えるようになった、

そんな気分。

この歳になって味わうことがあろうとは。


「堅いねー」


桃子猫が木肌を引っ掻く。


「確かにそうですね」


表面はボロボロで、

すぐに剥がれてしまいそうなのに、

全く剥がれない。

芯は相当硬いとみた。

目論見通り。


「帰りましょうか」

「ウン」


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