少女漫画の主人公に転生した私は、スマホを駆使して推しの負けヒーローの愛人になります。〜残念ながら私は推し以外眼中に無いので〜

二位関りをん

第1話

「はあ?!」


 漫画を読み終えた私は、買い替えたばかりの黒いスマホを思いっきりクッションめがけて投げつける。


「意味わかんない!なんでサリオスくんルートじゃないの?!広告じゃあ主人公と良い感じだったじゃん!!」


 腹の底からぐつぐつと湧いて来る怒りを声に出してぶちまける。それでも私の腸は煮えくりかえったままだ。


「しかも散々色んなやつとやりまくった挙げ句、ぽっと出と結ばれるとか…何それ。結局金じゃん」


 私の名前は久栖梨沙。アラサーの看護師である。今日は休みだったのでかねてよりスマホの広告で有名になっていた少女漫画「ギリアを胸に」の電子書籍版を購入し読んでいた所だ。

 

 あらすじを簡単に紹介すると、王宮公認の娼館に所属する高級娼婦な主人公・マーレはそろそろ結婚したいと考えていた所に夜の街でかつての元婚約者の軍人・サリオスと再会する。マーレは酔ったノリでサリオスをやや強引に誘い自身が所属する娼館へと向かうが、サリオスがシャワーを浴びている時に彼の妻から電話が来た事で、彼はすっかり萎えてしまいお開きとなる。

 

 その後サリオスは再登場する事は無し。代わる代わる様々な男達と浮名を流したマーレは、最終的にぽっと出の伯爵家次期当主・カーティスと結ばれる。カーティスは寡黙で地味でマーレとはあまり会話は成り立たないし、取り得はお金持ちだけ。特別な絆で結ばれているというような描写も見受けられない。

 

 なんならサリオスの方が少ない登場回数ながらも、劇中ナンバーワンとも言うべき爽やかな容姿に合わせて気遣いが出来、既婚者でありながらマーレへの未練も抑えられないでいる人間臭さがある。そんなサリオスに惹かれて私は漫画を購入し、読んだのだった。


「はあ~せっかくサリオスくん推しになったのに。まじで納得いかないわ」


 私はベッドの上に寝転がって大の字になる。天井を見上げるも胸の中のもやもやとした黒い霧が晴れる事は無かった。


「もし私が主人公ならサリオスくん一択なのに。不倫関係なくサリオスくんしか選ばないし」


 天井を見上げたまま呟いたその言葉は、いつになく空虚に響く。


「あーあ、私が主人公だったらいいのにー。はあ、ムカついてたらおなか減ったな…」


 私は空腹を満たすために立ち上がって、スマホをズボンのポケットに入れると財布を持ってコンビニへ外出する事にした。


「はー、おにぎりでも買おーっと」


 道路を横切った時だった。体の右横に鉄の塊らしき衝撃と血の匂いを感じた瞬間、目の前の空間が徐々に白一色になっていく。目を閉じてしまうほどの眩しさは無いが、それでも白色しか視界に入ってこない。


「え」


 死んだという文字が脳内に浮かんですぐ消えた。すると徐々に白い部分が霧のように晴れて来た。うっすらではあるが、ベッドの上らしき景色が伺える。


「ん…?」


 薄いピンク色の布団に、薄い黄色の木材でできた古めかしい天蓋付きベッド。この景色に私は思わず首をかしげる。


「これ、もしかして」


 ここで真っ白だった視界が完全に晴れた。アンティークな調度品や内装からして女性が住んでいる部屋の一室とみて間違いないだろう。それに黒塗りに金色の装飾が施されたダイヤル式電話に、ぎっしり本が詰まった大きな棚もある。

 ただどうしても胸の中で釣り針のような引っ掛かりが取れなかった私は、なぜか持っていたスマホで改めて「ギリアを胸に」の第三話のスクショを開く。


「そうじゃん!ここって主人公の部屋じゃん!!」


 そんな私の目に留まったのは姿見鏡。おそるおそるその鏡に向かって歩き、近づいた所でゆっくり目を見開いた。

 鏡に映っているのは明るい茶髪のウエーブがかったセミロングに、白を基調としたドレスを着た少女漫画らしく出てる所は出てるけど華奢な体つきの女性。

 間違いなくマーレその人だった。


「…私が、主人公に…マーレになってる…!」

(さっきの呟きが叶ったんだ…!)


 鏡に映さず自身の目で手足や服を見ても、疑いようもなくマーレそのものだ。マーレになったという事実を受けて私の脳はすぐさまある考えに到達する。

 

「じゃあ、私が主人公になったという事は…サリオスくんエンドもイケるって事?」


 脳内で点だったものが星座のように線に繋がり、一気に神経回路が猛スピードで動き始める。


「不倫だろうが関係ない。絶対、推しのサリオスくんと結ばれて見せる!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る