第4話 天才一人、馬鹿二人


「……へ? すきすきちゅっちゅって……はぁっ!?」


「お? その感じ……やはりお前もしっかり男だって所が良く出てて良いぞ! ナイス童貞感ッ!」


「いや、そうなんだけどうるさいよ!? というか、ある女の子とすきすき……ちゅっちゅって、昨日外出してたって話を聞いたけど、もしかして……え、もしかしてッ!?」


(ふむ……『すきすきちゅっちゅ』って単語は、ルーナくらいの歳の子が知らなかったってだけで、一般的には浸透してるんだなぁ。なんでだろう、俺の造語なのに)


 シセルは『造語』などと言っているが……誰でも思い付けそうな程に簡単なモノである為、ルーナの様に幼い子供でも無い限り……基本的には大体の人間が理解できるだろう。つまり、別に『すきすきちゅっちゅ』を知らなかったとしても大半には伝わる。問題は──


「あらあらレア君……君は今一体ナニを想像しているのカナァ? ハッハッハッ、そうッ! まさにその想像通りの事をしてきたのだよッ!!」


「子供という事を利用して……外出ついでに大人の女性とすきすきちゅっちゅした挙句、その女性の家に上がり込んで……〇〇〇してッ!! 終いには、その人の恋人にバラされたくなかったら、明日も同じ事をしろだって? ダメだよ、シセル! そんな事ッ!」


 ──その単語から自力で意味を読み取った場合、その内容には個人差があるという事だ。


「なぁ俺、女の子って言わなかった? そこまでしてねぇよッ! というかすきすきちゅっちゅ以外何一つ合ってねーよ! バカがッ!」


 『いや、子供という事を利用したという点においては間違っていないか』と付け加えようとしたシセルだが……ある事に気付き、口にしようとしていたモノとは別の言葉が飛び出る。


「──つーかそれ、ネ〇ラレじゃねえかッ!!」


 そのようなツッコミも、自分の世界に入っている様子のレアには届かない。


「えぇッ! 大人の女性じゃなくて相手は子供ってこと!?」


(いや、子供が子供を好きになるのは普通じゃないのか? 本能的には大人を好きになる事が多いというのは良く聞くが。レアお前……もしかしてそれ、お前の性癖が入ってるんじゃないのか? 想像力豊か過ぎるというか、過激過ぎるというか、なんというか……へんたいだぁ〜)


 シセルが発言した『すきすきちゅっちゅ』という単語一つから、ここまで妄想を膨らませる事が出来るというのは最早一種の才能と呼べるだろう。というか、このような知識を既に保有しているレアは一体何歳なのだろうか。


「はい。じゃあ、レアは変態という事で続きを話していくぞ〜」


「いや、やめて!?」


「はいはい……俺が昨日ナニをしてたとか、一体お前がどれだけ変態なのかなんてどうッでも良いんだよッ!!」


「そもそも僕がどれだけ変態なのかとかいう話はしてなくない!?」


「俺は今から友達の女の子と待ち合わせをしている場所へ向かう。さっき言った通り、俺はその子とすきすきちゅっちゅをするから……そう、すきすきちゅっちゅをするからッ!」


 男友達に対して”女の子とイチャつける自慢をする”という事に優越感を覚えたのか『すきすきちゅっちゅをする』と強調するシセル。


「す、すきすきちゅっちゅするのはもう分かったから! 僕は何をしていればいいの?」


「お前は……まぁ、父さん達に報告できる程度で良いから、離れて見ててくれ。あ、そうそう! あの子、頭良いから……ガチで隠密しないと普通にバレると思うけど、頑張れ♪」


「えぇっ! そんなぁ!」


「まぁバレたらバレた……でッ!?」


 ──アレ……? もしバレたとして、ルーナには仲のいい友達とするモノと教えている『すきすきちゅっちゅ』を仲良くなったレアとルーナがする事になったらマズイのでは!?


 と……ここで看過できない事実に気付いてしまったシセルだが、問題はそれだけではない。普通に考えると、レアをシセルの友達として紹介する事になるのだが……そうなった場合、普段からレアとシセルが男同士・・・で『すきすきちゅっちゅ』していると勘違いさせてしまうことになるのだ。


「……ん? シセル、どうしたの?」


(クソッ! レアを女の子として紹介すれば……『男色家である俺がいつも男同士でキスをしている』と思われるのだけは回避できる……『俺は女の子が大好きで、ルーナの事も大好きだよ♪』っつーコトを伝える為だけを考えればアリだが、それはレアの心情を考えると完全にナシだ。他には……そ、そうだ! 友達としては紹介せずに、普通に専属使用人とか家族とかで行くか……? 家族かどうかは……見た目が違いすぎて絶対バレるし無理だ……専属使用人と紹介するのは、ルーナに圧を与えてしまうかも知れない為できない。……え、アレ? 全部無理じゃんッ! オワってね!?)


「……おーい!」


(まぁ、最悪レアを友達でもなんでも無い知らん人って言えば大丈夫か)


 何か色々面倒臭くなったシセルは何故かそう結論を出しているが……女性として認識されたくないという彼を女の子として紹介する事と、知り合いですらないと紹介する事……果たしてそれらにどれ程の差があるというのだろうか?


「……む、無視?」


 熟考のし過ぎで外の声が聞こえていないシセルは、胸の前で腕を組みながら『うーん』と唸り続ける。


「……シぃーセぇールぅーッ!」


「あ、すまん。考え事してた! ……え、お前泣いてる?」


「……泣いてない」


 漸くレアの声に気付いたシセルだが、割と長い間シカトされていたレアは普通に泣いてしまっていた。


「す、すまん……本当に考え事してただけだから、無視してた訳じゃないんだ」


「……うん」


「……ハァ。ほら、行くぞ!」


 お漏らししてしまったのであろう涙を隠す為に、後ろを向いているレア。その姿を見て思わずため息を吐いたシセルは──。


「わっ!」


 ──レアの手を強引に引っ張って、ルーナと待ち合わせをしている庭園へと向かった。






***********************



 


「お、いたいた!」


「あの子が、シセルと『すきすきちゅっちゅ』したっていう女の子か……」


「そうそうッ! じゃあ、俺は行ってくるから……後の事は親友のお前に任せたッ!」


「親……友」


「あぁッ!」


 シセルと同じく、生まれて此の方一度も親友と呼べる様な人間に出会った事が無かったレアは……『親友』というその単語を聞いただけで、身体中に活力がみなぎっていた。


「あ、言うの忘れてたんだが……父さん達には、見たまんまを報告するんじゃなくてちょっとは隠しt」


「うん、分かった! 親友の僕に任せてッ!! じゃあ、先に見つかりにくい所にでも隠れておくね!」


「え、ちょ、聞いて……なさそうだなアレは」


 張り切った様子でどこかへと走って行ったレアを見送って……ため息を吐きながら、シセルはルーナの元へと向かった。








 


 レアと別れたシセルは……昨日二人で『すきすきちゅっちゅ』をした、木製の椅子に座っているルーナへと声を掛ける。


「ルーナ、おはよう!」


「あっシセル、おはよう!」


(……ん? 何だ? この感じ……少し雰囲気が違う! ……恐らく何かが変わっているな。そしてこのまま、それに気が付かないのは多分マズイ。髪型を変えた妹の姿に気付かない兄くらいマズイッ!)


 妹が髪型を変えた事に気が付かなかった結果……そのまま彼女が超絶不機嫌になってしまったという、前世の出来事を思い出すシセル。彼は知らないが……乙女ゲーに登場する、シセルというキャラクター本来の体に備わっている天性の危機感知能力により、ルーナの”何か”が変わっている可能性に気付く。


「……ルーナは今日も可愛いね! でも、ちょっと雰囲気変わった?」


(よしッ! 範囲が広めで、大体の事には当てはまる万能さを持つ魔法の言葉『雰囲気変わった?』を使えば乗り切れるはずだ! 俺はなぁ……魔法は使えないが、魔法の言葉は使えるんだよぉッ!)


 しかしその様な能力が備わっていたところで、中身がコレだと……対処出来たとしても、こんな当たり障りのないようなモノにしかならない。


「え? う、うん! そうなの。昨日お母さんに、男の子のお友達ができたって言ったら……普段の会話の仕方とか、トリコ? にできる話し方を教えて貰って」


(そう言えば、昨日と比べて明らかに舌っ足らずさが消えているな。……え、クソ流暢なんですけど。また天才発揮したのかこの子。てか母親も母親でやべェなッ! 子供にナニ教えてんだよッ……いや、俺が言えることじゃないけどもッ!)


 シセルとは違い、ルーナは物語に登場するキャラクターではないのだが……出来ることが明らかに普通の人間を越えている。原作に登場しないモブキャラがこれ程の能力を持っているというのは、流石に異常であると言わざるを得ないが……ここがゲームの世界ではなく紛れも無い現実であると言うのならば、シセルの様なメインキャラクター以外で……其処彼処そこかしこに隠れた天才が存在していてもおかしくは無いのだろう。


「あと……今日も会う約束してるって言ったら、お母さんがスゴい勢いでおめかししてくれたの……どう、かな?」


 ──その上目遣いからの、セリフをちょっと溜める感じのヤツはお母さんから教わったのかい? 


 と、内心問いかけたい気持ちでいっぱいのシセル。だが、ルーナはそれを昨日もやっていたので……もしかしたら魔性なのかもしれない。


「もうスッゴイ。スッゴイ可愛いよ。可愛すぎて今すぐ『すきすきちゅっちゅ』したいくらい! ……ぐへへ」


(ふむ……しかし、母親は娘を放置気味で関係が悪いのかと思ってたが……俺が思っていたモノとは少し違うようだな。聞く限り、仲が良さそうな感じはする)


 ルーナ曰く──しらないおとこのひととなかよくしないといけない──という理由から外で遊ぶことを母親に促されていた事実があった。その件から、育児放棄気味なのかと勝手に思っていたシセルだが、どうやらその考えを改める必要があるらしい。


「えへへ! 私もはやく……『すきすきちゅっちゅ』……したいな」


(……だから溜めて言うのはやめなさい。虜にする技術を活用し過ぎだからッ! 俺は簡単に虜になっちゃうからッ! ……母親の熱が伝わるな。でも、俺って一応領主の息子だし……ルーナから俺の名前を聞いたりして態度変えたとかじゃないと良いが)


 相手が貴族……それも領主の息子だと知ったら、態度を一変させる母親も多いだろう。


「……ルーナってもしかして、僕の名前をお母さんに言ったりした? いや、全然良いんだけどね! 気になって……」


「ううん。言ってないよ?」


(はい……母親の愛、確定です。愛確定させられました。え〜こちら、ストレスフリーですきすきちゅっちゅに移行させていただきます!)


 どうやらそれは杞憂だったと確認が取れた所で、予定通り『すきすきちゅっちゅ』を開始するシセル。


「え? シセル!?」


 ルーナの返答を聞いたシセルは、ノータイムでそのまま額にキスをする。


「はわ……はわわ! シセル、凄いことして……わぁ」


 ──一方、シセルとルーナが熱いハグや親愛キスを交わしている光景を……木陰から覗き見るレア。


「あんな……アツアツな……えぇ〜? そんな、えー!」


 レアは最初……木から片目のみしか出していなかったので、ルーナが視線ダンガンを当てる為のヒットボックスは本当に最小限まで抑えられていたのだが……時間が経つにつれて、本当に隠れているのか? と思う程身を乗り出してしまっている。その為──。


「もう、シセル! いきなりはびっくりするからやめ……い、いや、これもイイかも」


「ごめん、どうしても我慢できなくてッ!」


「ふふ、シセルだからいいよ? ……ところで、さっきから後ろの方でこっちを見てる人ってだれ?」


 ──ルーナの目には普通に丸見えで、思いっきりバレていた。

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