同棲へ
朝の光が眩しい。こんな幸せな朝を迎えたのは初めてだ。健一も目覚めてくれたみたいで、またしっかりと抱きしめてくれた。このままずっとこうしていられたら、どんなに幸せだろう。
とも言ってられないから、一緒に部屋の露天風呂に入った。でも、さすがにまだ恥しいな。アリスの体は隅から隅まで知られちゃったけど、朝の光の中で見せるのはどうしてもね。健一の背中を流してあげたけど、ひたすら愛おしい。
お風呂を上がったらお食事処で朝食だ。朝食も京懐石風で美味しいよ。今日は帰るだけだけど、来た道を引き返すの?
「それでも良いけど、宝塚の方に抜けて帰る予定」
宿から少し引き返してから国道四七七号を南下だ。ここは能勢の妙見山につながる道なのか。能勢電鉄と並行しながら走って行くと川西だ。そっか、そっか、川西の隣が宝塚になるものね。
さすがに混んでるな。宝塚に入ると見えてきて来たのは武庫川のはずだ。ここから西宮に下るのかと思っていたら、名塩の方に行くみたい。この道も混んでるけど、それなりに快適かな。もっともそれも健一の化物ハーレーとマスツーしてるかもしれない。
小型バイクでも下道ならクルマと互角に走れるのは走れるのよ。でもさぁ、小型って小さいじゃない。クルマって小さいバイクを見ると追い越したくなるみたいなんだ。そりゃ、こっちが遅かったら追い越したってかまわないようなものだけど、遅く無くたって無理やり追い越そうとするから怖いんだよ。
だから健一の化物ハーレーは一緒にいると助かるんだよね。クルマ並みの大きさがあるから、これを無理やり追い抜こうとしないもの。名塩道路から県道八十二号に入って、見てきた、見えてきた、六甲北有料道路のはず。
「ちょっと寄り道するよ」
なんだろうと思ったらお肉屋さんか。山垣畜産なら聞いたことがある。安くて美味しい肉を売ってるとこだ。
「ちょっと上品すぎたから・・・」
やっぱりそうか。お肉を買い込んで六甲北有料道路だ。来た時には新神戸トンネルを抜けたけど、帰りは六甲山トンネルなのか。ここも厳しいんだよ。それでも二速で頑張って登ったぞ。
トンネルを抜けたら神戸だ。トンネルの前から神戸だけど、やっぱりここが神戸だ。それにしても最高のツーリングだった。だってまだ健一の男の感触がアリスの女にしっかり残ってるんだもの。
「昼はもっこすで良いかな」
健一は好きだものね。アリスも嫌いじゃない。食べ終わったらアリスのアパートに。そんなに早く帰って何をしたかって、そんなもの、愛し合う以外になにがあるって言うのよ。女の喜びを知ってしまったから、アリスだって欲しかったのよ。
恥しいぐらい興奮してたけど、健一はアリスの求めるものを十二分に満たしてくれた。この世にこんな素晴らしい世界があり、それを健一がアリスに与えてくれるのは夢みたいだ。もっとも夜は焼肉食べて健一は帰ったけどね。
それから間もなく健一はアリスの部屋で同棲を始めてくれた。ここも実はアリスが密かに心配していた点だったんだ、男と女の関係は何段階かの節目がある。出会うところから始まって、相手が好きになり、告白して交際に至るぐらいが第一段階かな。
ここまでだって無数のドラマがあるけど、節目や段階とは男と女の距離感だと考えてる。第一段階なんかハグやキスどころか、手さえつないでいない距離感だと言えばわかってくれるかな。
第二段階はずばりやる関係になること。肉体の距離としては密着どころかつながるのだけど、そっちの距離じゃない。綺麗に言えば心だけど、相手に対する遠慮とか、気遣いが変る距離感になると思ってる。
そういう距離感になると相手の本性が見えやすくなってくる。良いところだって見えるだろうけど、悪いところだって目に付きやすくなるじゃない。だからそこまでの関係になっても別れるが普通に起こると考えている。この中には性格だけじゃなく、体の相性も入って来るかな。
そこもクリアしたら同棲だ。こうなった時の特徴は二十四時間三百六十五日になること。実際は仕事とかもあるから、そこまででないにしろ、やる関係の距離感でも見えなかったものが見えて来るはず。
これはたとえやる関係になっても、自分の欠点は人は隠そうとするし、誰でもそうすると思う。でも同棲になるとさすがに隠し切れなくなると思うんだ。さらに言えば同棲まで進めば結婚だって確実に視野に入れている。
そこでしばしば起こるとされるのが主導権の争いとされる。同棲生活の延長が結婚生活になるから、自分の流儀を認めてもらうと言うか、相手に押し付けようとするぐらいで良いと思う。
ここもわかる。誰だって譲りたくない生活流儀があるはずだ。もっと言えば受け入れたくない相手の生活流儀もない方がおかしい。生まれも育ちも違う二人の共同生活だから、自分が暮らしやすいようにしようと思うのは当然だ。
ここで妥協とか折り合いをしっかり付けておくのは必要だと思う。それが出来なかったカップルが別れてしまうぐらいかな。でもそれで良いと思う。下手に我慢して結婚生活に突入すれば後で問題が爆発して離婚になるだけだものね。
アリスと健一だけど、とにかくアリスの流儀はクセが強過ぎる上に折り合いどころか妥協さえ1ミリたりとも考えていない。ここも言い訳しておくと、家庭の中に仕事が入り込み、分離不能の状態になってしまってるからだ。
世の中に家庭を顧みない仕事人間もいるけど、そういう人間ですら仕事場と家庭は基本的に分かれてるじゃない。仕事人間でも家に帰って、風呂入って、メシ食って、寝る時間は最低限であっても家庭人をやってるぐらいとしても良いはず。
だけどアリスはそうじゃない。アリスの生活とはいかにアリスがシナリオを書けるかのみかで構築され、他の余計な事は一切しないで出来上がってしまってる。それで汚部屋になろうがゴミ屋敷になろうが、アリスからしたら些細どころか、どうでも良いことになってるんだよね。
アリスがそんな人間であることは交際してから身を以て健一は学んでるはずなんだ。それでもアリスを愛し、同棲まで進んでいるのは見ようによっては驚異を越えて奇跡じゃないかと思ってるぐらい。
そんな健一でも同棲になると変わるはずなんだ。これがどう変わるかの心配がなかったかと言えばウソになる。さすがに亭主関白をいきなり目指しだすとは思わなかったけど、どんな生活流儀を持ちだして来るかぐらいの不安はあるもの。
結果だけどやはり健一は変わったよ。どう変わったかだけど、よりアリスの生活に融合しちゃったんだよ。アリスの生活リズムはスイッチが最優先だからグシャグシャなんだけど、どうも健一はグシャグシャのアリスのリズムの中から法則を見つけ出したようにしか思えないんだ。
そうじゃなければ、あれだけ違和感をなく、もうそんなレベルじゃない、完全に溶け込んだ状態になれるはずないじゃない、とにかくアリスが次にして欲しいとか、したいと思ってることが完璧に整えられてるとしか思えないもの。
これだって同棲以前から出来てたと思う。それがね、同棲する事によって、より完璧さが増したぐらい。それもだよ、暮らせば暮らすほどグレードが上がってるとしか思えないもの。
これって見方によっては健一はアリスを完璧に管理しているのかもしれない。アリスは今まで通りに暮らしているつもりでも、そうだな、孫悟空がお釈迦様の掌の上で踊らされるみたいな状態にされてるのかもしれない。
でもそれに何の不満もない。それのどこが悪いかって話じゃない。それでアリスが苦痛を感じたり、負担に感じたり、困ってるわけじゃない、むしろ居心地が良くなって快適なんだもの。
アリスだってゴミ屋敷や汚部屋に住みたいわけじゃないし、ご飯だって家で作ったものを、もとい誰かが作ってくれるものを食べたかったんだ。そんな遠すぎた夢がすべて叶ってるのになんの不満があるものか、この辺のことを聞いたこともあるのだけど、
「そんなスーパーマンじゃないよ。ボクだって気楽にやらせてもらってるところもあるからね」
そんなものあったっけ、
「アリスは同棲になってからもボクに注文を付けたことがないだろ」
付けるところがないじゃない、
「そうだろうな。アリスには見えてないものな」
はぁ? どういうこと。
「同棲して良く分かったのは、スイッチの入った時のアリスの集中の度合いだ。ある段階以上に集中すると、周りがまったく見えなくなるだけじゃなく、何も聞こえなくなるんだよ。たぶん、隣で太鼓を鳴らしても気が付かないと思うよ」
ギャフン。そうなってそうなのは薄々わかってたけど、アリスが何も聞こえなくなってる状態の時に健一は寛いでるのか。
「そんな感じかな。そんな時間の方が長いから、ボクはボクで気楽に楽しませてもらってる」
またまた、ギャフン。健一と同棲し出してから、スイッチが入りやすくなってるし、入ればなかなか切れなくなってるもの。ねぇ、なにかアリスに注文は無いの、
「ないよ。アリスとこうやって暮らせるだけで幸せだから。でもまあ、もし一つだけあるとしたら・・・」
聞けるものならアリスだって努力してみる。
「前にさぁ・・・」
ああ、あれか。健一によると、エロ系のシナリオの内容が健一との経験が色濃く反映されてるのが恥かしかったそうだけど、
「声出して何度も読み上げられるから、さすがにね」
それも健一に喜ばされて嬌声をあげまくってる部分を念入りにやってたみたいなんだ。そんなもの聞かされたら嬉しくないだろうし、恥しいよな。あれに関しては、これから減っていくと思うよ。だいぶ仕事を選べるようになったからね。
「そうか、期待してる」
今夜はこれぐらいで仕事を切り上げよう。今日も良く書いたもの。時刻もちょうど良いと思うんだ。これから何をするかって、そりゃ、愛し合う二人が同棲してるのだから一つしかないじゃない。湯の花温泉の運命のベッドで、健一はアリスの不感症疑惑を、その逞しい男で粉々に砕いてくれた。
だから今に至るのだけど、これも単に今に至るじゃない。あれってさぁ、相性の良い男と女がしたら、経験を重ねるほど良くなるぐらいの話は知っている。でもさぁ、運命のベッドの時にあれ以上なんてあるとは信じられなかったんだ。
それがあることを経験したのが今だ。ベッドを重ねるたびにアリスの感度は上がってる。もうどこまで上がるのかってぐらいにね。健一はアリスに与えられた唯一無二の男だ、健一にとってアリスが唯一無二の女かどうかは神棚の上に置いとかせてもらうけど。ここまで関係が深まった二人が目指すのは一つだ。他になにを目指すって言うのよ。
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