第33話 運の良い従軍画家
出演者(イメージキャスト)
大川周明氏(疾患者) 役所広司
肥田春充(体育家・周明の親友)
朝倉みち子(食事担当 看護婦)
杉浦誠一(疾患者・元従軍画家) 柄本 明
周明氏が廊下から101号室を覗き、開いたドアーをノックする。
肥田が燻(イブ)し銀のような声で応える
肥田「あい・・・」
周明氏が部屋に入って来る。
周明「・・・治療ですか?」
肥田「おお、良い所に来た。紹介して置こう。104号室の杉浦さんだ。憔悴しきっている」
周明「何か不安な事でもあるのですか」
杉浦はうつ伏せの身体(カラダ)で、ゆっくりと周明氏の方向に首を返る。
気の抜けた声で、
杉浦「す、杉浦です。初めまして」
周明「大川周明と云います」
杉浦「大川周明? えッ、あの大川周明さんですか」
周明「アノ? あのとは、どのアノかな」
杉浦「東条の頭を叩いた有名なA級戦犯の方でしょ」
周明「ああ、それは私ではない。私はただの気狂いだ」
杉浦「新聞にお顔が載っていました。間違いない。この精神病院に入れられたのですか。いやいや、先生も難儀してますねえ。でも・・・」
杉原は暫く考えて、
杉浦「・・・そうだ。良い所で出会った」
周明「良い所で出会った? 良く分かりませんね」
杉浦「大川さん、僕の話を聞いて下さい。僕は」
杉浦はそこまで言うと急に話を止める。
周明「? どうしました」
杉浦「いや、実は僕は陸軍の軍属で、絵描き(エカキ)をやっていたんです」
周明氏は堀田から杉浦の事は聞いていた。
周明「従軍画家ですね」
杉浦「え、ご存知でした?」
周明「 堀田さんから少し・・・」
杉浦「僕は鹿児島の種子島と云う貧しい島で生まれ、家族は砂糖黍と薩摩芋と少しのコメを作っていました」
肥田「アンタは種子島の出身ですか」
朝倉「あら? 杉浦さんは種子島の出身だったの? 鮫島さんも鹿児島よ」
朝倉看護婦は白衣のポケットから小さな懐中腕時計を取り出す。
朝倉「あッ、私は昼食の支度があるのでこれで失礼します」
肥田は急に砕けた顔になり。
肥田「おッ、そうですか。じゃまた連絡します。すいませんねえ、朝倉さん」
朝倉看護婦は笑顔で軽く会釈して部屋を出て行く。
周明「・・・で?」
杉浦が肥田を見て、
杉浦「この変な祈祷師も居ないほうが良いんだが」
肥田「何ッ! 祈祷師? 俺は療法士だ!」
周明「ハハハ、この人は私の親友だ。気の置ける男だから心配御無用」
肥田は杉浦を睨み、
肥田「・・・今度は本当に痛い治療にするぞ」
杉浦「勘弁してくださいよ~。クワバラクワバラ」
周明「で、その先を聞かせてくれませんか」
杉浦「・・・両親は子が中々授からず、僕は長男で西之表と云う所から貰われて来たんです。しかし、僕は百姓仕事は嫌でいつも絵ばかり描いていたんです。だけどそんな僕を両親は随分可愛がってくれましてね。ある日、夏休みの思い出と云う宿題で僕は両親の顔と手をスケッチして学校に持って行ったんです。学校の担任が芸術学校を出ていましてねえ。僕のその絵に凄く感動してくれたんです。それで、その先生に言われて、他の先生達の似顔絵を一枚一枚描いてやったら、それがある時、県で評判に成りましてね。担任が家庭訪問に来て、親に才能を伸ばしてやらないかと言うんです。しかし僕の家はおカネなんてメッタに見たことも無ような貧しい農家でねえ。それに、そんなおカネにもならない学校に行かせてくれる訳もない。そうしたら、その担任は何を思ったか僕を養子にして面倒を見ると言うんです。親も担任のその熱意に負けて・・・。それから僕は、変な話ですがその担任の子供に成なりまして。ハハハ。担任は僕を東京の芸術学校まで出してくれましてね・・・。しかし今思うと、その担任も変わったオヤジだった。ある時からアル中に成ってしまって、いつも手が震えてましたよ」
肥田「しかし、二番目の親はよく杉浦さんを手放したなあ・・・」
周明「子供が居なくなったら農家の将来は無いでしょう」
杉原はうつ伏せな身体(カラダ)で急に笑い出す。
杉浦「それが、僕が居なくなってから父ちゃんと母ちゃんは相当焦(アセ)って励んだんでしょうね。子供が生まれる生まれる、六人生んで六人目は止子(トメコ)と云う名前で締めくくったらしいんですよ」
肥田は杉原をしみじみ見て、
肥田「運命とは分からんのう。アンタは運が良い」
杉浦「? どちらが?」
肥田「うん? うん。まあ・・・」
周明「それで三鷹に来たんですか」
杉浦「えッ!? 僕が三鷹に居たと誰に聞きました?」
周明「うん? 誰に聞いたかは忘れました」
杉浦「三鷹は家内の実家でして。僕は婿養子なんですよ」
肥田は驚いて、
肥田「アンタ、養子を三回もやったのか」
杉浦「・・・この歳になり、自分の人生を振り返ると笑ってしいます」
肥田「運が良いねえ、杉原さんは。で、画家で従軍してどこの戦地に行きました?」
つづく
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