第27話 GHQ本部付け『村瀬源太郎巡査』

出演者(イメージキャスト)

 大川周明氏(疾患者)  役所広司

 内村裕之(松澤病院・院長) 中井貴一 

 村瀬源太郎(巡査・GHQ本部付け)

 ディブ(MP運転手)

 米軍兵(門番)


 内村院長と周明氏が院長室で話をしている。


 内村「西丸先生に聞きました。堀田さんがまた何かを書き始めたんですって?」

 周明「ええ。彼は小説家の卵だと言っているので、どんな作品に仕上がるのか、楽しみにして居るんですけど・・・」

 内村「ここに廻されて来た時に、堀田さんから没収したカバンを警官から渡されましてね。失礼して中を検(アラタ)めさせて貰いました。カバンの中には一冊の薄汚れた大学ノートが入っていましてね。ここだけの話、あれは小説のネタ帳だったみたいですな。故郷の話・学生時代・上海の出来事・終戦後、内地に帰って来た時の事・就職先の事・最後に警察に捕まった時の事などが克明に書かれてありました」

 周明「ほう。そんな重要な物は本人の手元に返した方が良いのとちがいますか?」

 内村「そうなんですが・・・、本人に話したら預かっといてくれと言うんですよ」

 周明「堀田くんの貯金通帳でも入ってるんじゃないですか」

 内村「いや、それ以外は名刺とハンカチしか入っていません。畑さんが言うには、頭の中に入っているからいらないと言ってたらしいです」

 周明「ほ~う」

 内村「先生は、堀田さんの書いている小説の内容をご存知ですか?」

 周明「内容? さあ、それは・・・。タイトルなら知っていますが・・・」

 内村「西丸先生が言うには、何だか尊王攘夷の大作だと言ってましたが」

 周明「尊王攘夷? それは多分違うと思うなあ。日本人のこれからの道標(ミチシルベ)みたいな物を書いているんじゃないかなあ」

 内村「ええッ! それは素晴らしい。何で西丸先生は私にそんな事を言ったのだろう」

 周明「あの方は医者のわりには、結論を少し早めに出してしまう傾向がありますな」


内村院長は渋い顔で周明氏を見る。


 内村「そうなんですよ。たぶん戦地で、ああ云う性格に成ってしまったんでしょうねえ。あそこでは生か死かですからねえ。脚が無く成っても手が在るじゃないか。手が無くなっても命が在る。そんな世界ですから・・・」

 周明「なるほど。それで先走ってしまうのか。ハハハ」

 内村「すいません」

 周明「院長が謝る事はないでしょう」

 内村「で、大川先生のお話とは?」

 周明「ああ、その事ですが・・・」


 丸の内のGHQ本部である。

MPの腕章を付けた太った米兵が、ニヤついた顔で村瀬巡査を呼ぶ。


 MP「ヘイ! ムラセ、カモン。ボスガ、ヨンデル」

 村瀬「イエス、イエス、デブ」

 MP「デブ? ノウ、ディブ。マイネーム ディブ!」

 村瀬「オーケー、デブ」


MPが村瀬巡査を睨み、


 MP「・・・デエィビット ダ。マチガエルナ! モンキーボーイ」

 村瀬「イエス、イエス、ヤンキーボーイ」


 『詰め所(ボックスハウス)』から偉そうな米兵が顔を出す。

その米兵が受話器を取る格好を村瀬巡査に見せる。


 米兵「ヘイ、ムラセ! ハリー!」

 村瀬「オウ、サンキュー、サンキュー」


急いで詰め所のカウンターに行き、受話器を取る。

咳払いをする村瀬巡査。


 村瀬「ハロー! デスイズ村瀬スピーキング」


周明氏の声が、


 周明「おお、村瀬さん。大川です」


下手な英語で電話応対する村瀬巡査。


 村瀬「オオカワ?・・・ジャパニーズ?」

 周明「大川周明です。覚えていますか?」

 村瀬「オオカワシュウメイ・・・?! あッ! 東条の頭の。ソリー、ソリー、覚えていますとも」

 周明「ハハハ、思い出しましたね? 元気でやってますか」

 村瀬「ゲンキゲンキ~! 日々是決戦ッ! 戦ってますよ。大川先生もお元気そうで」

 周明「ええ、お蔭様で、ここで楽しませてもらっています。」

 村瀬「そうですか。それは良かった。で、この度(タビ)は?」


 院長室で電話を掛けている周明氏


 周明「コノタビ? ああ、村瀬さんは世田谷村の方に来る事は有りますか?」

 村瀬「有りますよ。ボスが、あの病院の近くの豪邸をホテル代わりに使ってやがってねえ。毎日送り迎えしてるんですよ。若いくせに生意気な男でね。俺みたいな日本兵上がりをコキ使うんですよ。いつか目に物見せてやろうかと思っているんですけどね」


と、受話器の向こうからアメリカ訛りの日本語の声が。


 声 「ムラセ! デンワハ、ヨウケンダケニシロッ!」

 村瀬「オーケーオーケー、モウスグオワル、ブス」

 声 「ブス? ノウ、ボス」

 村瀬「ウルセー。これだもんね~。あッ、先生すいません。で?」

 周明「一度お会いしたいのですが。時間は取れますか?」

 村瀬「取れる取れる。先生がお望みなら火の中水の中。夕方の五時半頃ならいつでも寄れます。ブスを送り届けた帰りにでも寄りましょうか」

 周明「そうですか。それじゃ、明日でも寄って貰おうかなあ」

 村瀬「ガッテン、承知の介でさあ」


江戸っ子の村瀬巡査は相変わらず軽くて、元気が良い。

                     つづく

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