幽 閉（大川周明）

第5話 担当医師『西丸四方』

出演者（イメージキャスト）

　大川周明氏（疾患者）　　役所広司

　内村裕之（松澤病院・院長）　中井貴一

　西丸四方（周明氏の担当医師）　國村　隼

　畑　千尋（看護婦長）　　木村多江

　院長室から笑い声が聞こえて来る。

周明氏が美味そうにドーナツを食べている。

内村院長が、

　内村「どうですか、自家製ドーナツの味は」

　周明「私は生来甘いものが苦手です。しかし、この甘さは実に美味だ。羊羹などとは比較にならない」

　内村「佐藤と云う看護婦が作ったんです。院内ではすこぶる評判でね。よかったらもう一つ」

　周明「じゃ、遠慮なく・・・」

畑 看護婦長が、

　畑　「コーヒーのお替りは？」

　周明「・・・出来たら、私は紅茶の方が」

　畑　「あら、御免なさい。大川先生はインド通でしたね。気が付きませんで。ちょっとお待ち下さい。今お持ちしますわ」

　周明「いや、私は病人です。あんまりお構いしないで下さい」

　内村「あ〜、そうでしたね。先生は病人だったんですね。ハハハ。で、何の病気でしたっけ」

周明氏は内村院長を見る。

　周明「・・・」

　内村「おお、そうだ。先生に担当医を紹介しておこう」

畑 婦長が紅茶を盆に載せて院長室に入って来る。

　内村「畑さん、西丸先生を呼んでくれないか」

　畑　「あッ、はい」

畑 婦長はテーブルに紅茶を置き、院長室を出て行く。

　病院の廊下を畑 婦長と松葉杖の西丸四方医師（周明氏の担当医）が、言い争いながら歩いて来る。

　西丸「い～いよ～、紹介なんて・・・」

　畑　「だめです！ 子供じゃないんだから、ちゃんと私の言う事を聞いて下さい」

　西丸「僕は、あの院長の雰囲気が好きじゃないんだ」

　話　「好き嫌いじゃ世の中渡れませんよ。しっかりして下さい。情けない」

畑 婦長が院長室のドアーをノックする。

　内村「は～い。どうぞー。」

畑 婦長がドアーを開ける。

西丸医師が松葉杖で不自由な身体を支え、とっておきの「作り笑顔」を浮かべて現れる。

内村院長は西丸医師を見て、

　内村「おお、来た来た。西丸先生、どうぞどうぞ。あなたに素敵な患者を紹介しておきましょう。さあ、さあ入って下さい」

おずおずと部屋に入って来る西丸医師。

内村院長は西丸医師を見て微笑みながら、

　内村「こちら、大川周明さんと云う患者さんです」

　西丸「オオカワ シユウメイ？・・・どこかで聞いたような名前ですな」

　内村「？ あなたは毎朝、新聞を読まないのですか？」

　西丸「僕の朝は東のお天道様に向かい拝礼、コーランを唱えてそれで終りです」

内村院長は呆れた顔で西丸医師を見る。

　内村「簡単で良いですね。まあ、良い。そこに座りなさい」

西丸医師は松葉杖をソファーに置き、周明氏と対座する。

　畑　「今、お茶をお持ちしましょう」

　西丸「あ、僕は紅茶で」

　畑　「そうでしたネ！」

畑 婦長が院長室を出て行く。

周明氏は西丸医師を見て、

　周明「コーランですか？」

西丸医師は大きな眼で周明氏を一瞥する。

身体を伸ばし、周明氏の眼の「奥」を覗く西丸医師。

　西丸「僕の方をよく見て。・・・若干の斜視が有るなあ。脳・・・？ 神経衰弱かな？ アンタ、歳は？」

　周明「はあ？」

周明氏は突然の問診に頭を掻きながら、

　周明「え〜と、満で六十歳位かな？」

　西丸「クライ？ くらいねえ。還暦か・・・。恍惚が始まる頃だな？ ・・・で、趣味は？」

　周明「シュミ？ 趣味は・・・研究ですかなあ」

　西丸「ケンキユウ？ ああ・・・斜視は顕微鏡の覗き過ぎだな。で、何を研究してらっしゃる？」

内村院長はが口を挟む。

　内村「西丸先生、今日はその位で良いでしょう。別に大した病気ではないのだから」　

　西丸「何？」

西丸医師は内村院長をキツイ眼で見る。

　内村「いや、こちらの話です。それから、大川さんには東病棟に入ってもらいますから。宜しくお願いしますね」

　西丸「東病棟？ あそこは不治の患者が入る病棟です。大した病気ではない患者は入れません！」

内村院長は西丸医師を諭（サト）すように、

　内村「まあ、良いから」

西方医師は、またキツイ眼で内村院長を睨む。

気を静め更に周明氏に問診を始める西丸医師。

　西丸「もしかしてアンタは院長の親戚ですか？」

いやみを言う西丸医師。

　内村「違います！」

　西丸「そうですか。いや、随分親しそうだからね。じゃどこかの病院から廻されて来た？」

内村院長がまた口を挿む。

　内村「米軍病院！」

西丸医師は周明氏を見て、

　西丸「米軍病院？ アンタ、俘虜だったのか？何でこんな所に」

内村院長がまた言葉をはぐらかし、

　内村「お天道様を叩いたんだよ。ハハハ」

　西丸「オテント？・・・？」

西丸医師は内村院長を睨んで、

　西丸「私の患者だ。院長は黙ってて欲しいですな」

融通の利かない西丸医師である。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく