世界に色を付ける系アイドル始めました
廿楽 亜久
1話 アイドル家出します
01
『さやかちゃん、すごいね』
当時の私は捻くれていて、褒めてくれた彼女の言葉を信じられなかった。
『わたしは好きだよ』
だけど、単純なのに、不思議と力強い言葉は、ずっと心に残っていて、何度救われたことか。
「…………」
穏やかな微睡みから目を覚せば、すっかり学校の近くに来ているようだ。
「あ、起きました? 早起きが三文の徳とはいえ、限度があるよねぇ」
春休みだからと、朝の情報番組の1コーナーを担当していたが、さすがに毎日4時起きは少し辛かった。
「小林さんも付き合わせてすみません」
「いやいや、僕は送り迎えだけだし、全然。彩花ちゃんの方が大変でしょ」
本業は学生であるため、学校が始まってしまえば、どうしてもオファーを断ることは増えてしまう。
今の人気の勢いを考えれば、オファーを受ける方を優先すべきかもしれない。それが、本人の希望でもあるし。
だが、無理をして体を壊しては意味がない。
まだ少し眠いと欠伸をする彩花に、ミラー越しに小林は少しアクセルを緩める。
「小林さんは、モノクロな世界ってどう思いますか?」
「それは世界を彩るアイドル的なアレ?」
『あなたの世界に彩りを』
これは、彩花のアイドルとしてのキャッチフレーズであり、モノクロというのは、彩花にとっても重要なキーワードとして存在し、彼女の紹介PVは彼女のキャッチフレーズを印象付けるために、最初は白黒から始まるものが多い。
アイドルとしての相談なら、本来、マネージャーである小林も一緒に悩むべきなのだろうが、生憎マネージャーはあくまで兼任として行っているため、本格的に相談するなら事務所に相談すべきだ。
しかし、小林の予想に反し、彩花は首を横に振った。
「昔、色のない世界を見たことがあって……」
「……白墨事件のこと?」
”白墨事件”
10年前、東京で起きたテロ事件だ。
死傷者500人を超える事件であり、いまだ首謀者は捕まっていない。捜査は続いているが、被害者が口を揃えて”色が無くなった”と答えるため、”白墨事件”と名付けられた。
そして、当時6歳であった彩花も運悪くその場に居合わせ、巻き込まれていた。
「結局、原因はわかってないんですよねぇ……怪魔の仕業か、魔法使いの仕業かもわからず仕舞いだし」
白墨事件最大の謎であり、本当に何の情報も得られていない。
その事象により、何が起きたのか。多数の死傷者を出す原因であるのか、はたまた閃光弾などを見間違えただけなのか。
「すみません……それは、私もわからないです」
「彩花ちゃんは、巻き込まれた上に子供だったんだし、仕方ないよ」
そっと目を伏せた彩花に目をやるが、すぐに前を見る。
彼女は、魔法を用いたテロや魔物や怪魔を討伐する優秀な魔法士の家系だ。幼かったとはいえ、情報すら得られなかった負い目もあるのだろう。
「それより、本当にその時の友達を探すの? 無茶じゃない?」
白墨事件の時、彼女は友人と一緒にいたらしい。だが、その場で会った友人だったため、事件後の無事はわからず仕舞いだという。
そんな相手を探す方法なんてないようなものだが、ひとりは魔法少女が好きらしく、彩花が積極的にテレビに魔法少女として出演していれば、いつか気が付いてくれるのではないかと期待しているらしい。
それが、デビュー後から積極的にテレビに出ている理由のひとつだった。
藁をも掴む話だ。
正直、小林も信じてはいない。
「無茶でも、それくらいしか私にはできないし」
特定の誰かを探すだけでも大変だというのに、十年経っている。
見つけられる可能性がひどく低いことは自覚していた。
流れる道路を眺めながら、彩花は自嘲気味に笑った。
小林に学園まで送ってもらうと、彩花はひとり、クラス分けの張られている掲示板へ向かう。
「――!!」
「――!!」
何やら騒がしい声の方を、遠巻きに見ている集団に混ざり、そっと覗き込む。
「悪かった!! 謝る!! 謝るから許して……!!」
「ア゛? 喧嘩吹っ掛けてきたのはそっちだろうが」
どうやら喧嘩らしい。しかも、随分と一方的な。
7割が内部生であるため、なんとなく顔が知っていることが多いが、一方的に優勢な大男は目立つが見たことがない。外部生だろう。
つまり、周りに倒れていたり、青い顔で尻もちをついて助けを求めている内部生が、ちょっかいをかけて返り討ちにあったというところだろう。
「それに、謝るってことは、続けたって構わねェってことだろォ?」
「いや、まっ……!!」
自業自得だ。
助ける気など一切起きないが、あまりにも一方的で容赦ない攻撃に、さすがに数名が教師を呼びに行っているらしい。
入学早々外部生にちょっかいを出す人にも、喧嘩を買う人間にも関わりたくないというのは事実。
彩花も他の生徒と同じように、教師が来るまで巻き込まれないように、遠巻きに彼らを見ていようとした。
「って、あれ……ヒロくん?」
しかし、その大男を見たことがあった。
「あ゛?」
悲鳴を上げている男の胸ぐらを掴み上げながら、振り返る様子に彩花は駆け寄り、幼い時の記憶とすり合わせる。
当時から大きいと思っていたが、見事のそのまま成長したらしい。凶悪に吊り上がっている目も喧嘩っ早いのは、昔と変わっていない。
「誰だ。テメェ……あ? いや、先輩が見てたテレビにいたような……」
明らかにやばい相手に近づく彩花に、周りは殴られるのではないかと心配そうに見つめるが、間に入っては自分にも飛び火が来る。
「幸延彩花。覚えてない? ほら、昔、池袋の、白墨事件の時に――」
しかし、周りの心配など目に入らない様子で、話を続ける彩花が白墨事件のことを口にした時だ。
鈍い音が目の前に響いた。
「ぇ……」
防壁魔法が目の前に張られ、そこに打ち付けられている拳。
「入学早々喧嘩とは、とんだじゃじゃ馬だな」
生徒に呼ばれたらしい教師が、杖を片手に立っていた。
大男は仲裁に入った教師を鋭い眼光で捕らえると、教師も見上げながらも、大男を見下す。
「魔法での私闘は禁じられてる。今回は……あぁ、なんだ。魔法は使ってないのか」
周りの惨状をざっと見渡し、一度息を吐くと、杖を大男へ向ける。
「しかし、乱闘騒ぎは問題だ。職員室に来い」
「なんでテメェの言うこと聞かなきゃいけねエんだ」
「俺が教師で、お前が生徒だからだ。そもそも外部生は、書類を受け取りに来ることになってるだろ」
どうにか喧嘩にはならず、教師が大男は職員室へ連れて行けば、ようやく周りの生徒からは安堵した表情が見られた。
高校進学早々、随分と問題が起きるものだとようやく落ち着いてきた様子で、彩花にも駆け寄ってくる友人たち。
「彩花ちゃん。大丈夫? 怪我とか……」
「というか、さっきの人知り合い?」
心配した様子で彩花のことを覗き込むが、彩花は信じられないといった表情ですっかり消えた防壁魔法が張られていた場所を見つめていた。
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