俺の書いた話が現実になって襲い掛かって来る

綾南みか

第1話 憂さ晴らしはPCの中に


 話を書くと、それとよく似た出来事が起こる事がある。でもそれは、単なる偶然だと藤崎朔也は思っていた。そう、その時まで――。


 藤崎がその話を書いたのは、いつもの憂さ晴らしだった。

 大人しくて影の薄い藤崎は、喧嘩なんかしたことがない。何を言われても言い返すことも出来なかった。


 そんな藤崎の憂さ晴らしが話を書くことだ。

 仕事が終わってアパートに帰るとパソコンに向かう。ホームページなんてめんどくさいものを作る気はさらさら無かった。誰かに読んでもらおうと思って書いている訳ではない。そんな藤崎の憂さ晴らしの話は、パソコンの中で溜まっていった。



  ***


「藤崎君。どうなっているんだね、これは」

 係長の安斎がまた小言を言い出した。

「どうしたらこんなミスが出来るんだい」

 周りにいた女子社員はそろそろと背中を向けて逃げ出し、遠巻きに様子を窺っている。

「ちゃんと頭で手順を考えているのかい」

 声を荒げることは無いが、ぐちぐちといつまでも安斎係長の小言は続く。

「何も考えていないんじゃないのかい」



 小さなアパレル縫製工場に勤めている藤崎の仕事は、自分のラインで作っているニット製品が、滞りなく流れて仕上がるように面倒を見ることだった。ボタンや留め具や糸などの材料の発注は藤崎に任されている。


 だが今回、発注の品が一つ抜け落ちていて、その商品だけ入荷が一日遅れるのだ。その品物がないと次の仕事が出来なくて、女子社員が手持ち無沙汰になっている。

 それが全部藤崎の責任にされる。最終チェックは係長がしてもいる筈なのだが、責任逃れか全部藤崎の所為になって、藤崎が叱られる。


 内心うんざりしながら藤崎は安斎係長に「はい、すみません」と同じ返事を繰り返した。

 結局、代わりの商品で間に合わせて事なきを得たが、年中行事のようにそれが繰り返されると、仕事が終わると精神的にもくたくたになる。




 そんな日は、藤崎は本屋に向かう。自分を現実から解き放ってくれるファンタジー小説を読む事で憂さを晴らすのだ。


 その日も、ファンタジーと銘打った、割とよく聞く園城寺翠子という女流作家の小説を買った。


 しかし、その本は藤崎の好きなタイプではなかった。

 格調高い文章は目が滑って活字が頭の中に入ってこない。ページ稼ぎか真っ直ぐ書けば分かりやすいのに、わざわざ後戻りして、回りくどく説明してあって物語を全然追えない。しかも出てくるのは格好をつけた美形の男ばかりだ。本はその男の容姿を書く事に費やされ、話の内容は訳が分からない。


 藤崎は買った本を壁に投げつけて、パソコンに向かった。ちょうど今、ミステリーぽい話のトリックを思いついたところだ。誰か犠牲者が必要だった。藤崎はためらわずに、その園城寺翠子を犠牲者に当てた。



 話のあらすじはというと、売れっ子作家の園城寺翠子は、ネタに詰まると付き合っているやり手の編集者川崎颯太にアイデアを提供してもらっていた。

 そのアイデアというのは、新人賞に応募してきた作品の中から、めぼしいものをピックアップしたものだったり、生意気な新人作家が現れると、その作家のアイデアも恋人の川崎に盗んでもらう。

 そうして園城寺翠子はずっと女王の座に君臨していた。


 しかし、新人作家天満花香が現れて、若さと美貌で川崎を身体で落とす。

 新人作家に夢中になった川崎は、もう園城寺にアイデアを提供できないと言い出す。

 怒った売れっ子作家園城寺翠子は川崎を呼んで、自分の許に戻らなければ、今までの事を全てバラスと脅す。

 しかし、若い天満花香に溺れた川崎は園城寺と喧嘩の末、誤って首を絞めて殺してしまう。



 彼女は首を絞められて……、家、いや、裏山の木に吊るされる。しかし、犯人は折れやすい木を選んでしまって――。



 腹が立つと返って興が乗って、話がどんどん進む。


 犯人の川崎は、藤崎の書いている小説の主人公、没落貴族の末裔で華道家で探偵でもある梨壷三門に追い詰められて、もう一度殺人を犯すことにする。もう一人犠牲者が必要だった。


 じゃあ、作家が書いた小説で作った映画に主演する、荻野目允という俳優はどうだろう。

 藤崎は、いけ好かないと思っていた荻野目を、殺され役に当てることにする。



 落ち目だった俳優荻野目允は、実は作家園城寺翠子と川崎が切れてから翠子のツバメをやっていた。秘密を知った荻野目は金づるとばかりに川崎を強請る。

 しかし、川崎に返り討ちにあって、事故を装って殺されてしまうのだ。


 話はその後、主人公の華道家梨壷三門がトリックを暴いて事件を解決して幕となる。


 文章も構成も何も、なっちゃいないが、藤崎にとっては憂さ晴らしなのだからいいのだ。



  ***


 翌日も藤崎は、製品の襟付けの手順がちょっと違っていたという理由で、安斎係長にぐちぐちと絞られた。毎日絞られる度に藤崎の話は増える。


 次に藤崎が書いたのはSFだった。




 地球に一個連隊を引き連れたエイリアンがやって来る。

 すわ、宇宙戦争かと大国が緊張するが、彼らは非常に友好的で、技術を供与する見返りに、地球のどこか空いた地に駐屯地を提供して欲しいと提案してくる。


 各国首脳の話し合いの結果緊張が解かれ、エイリアンの旗艦が着陸する。旗艦から現れたエイリアンの艦隊司令長官シーヴ・イェフォーシュは金髪碧眼のすこぶるつきの美女だった。


 地球で空いている所といえば砂漠くらいだが、エイリアンは喜んで受ける。

 非常に友好的に条約締結が行われ、エイリアンからは医薬品や、高度な技術供与を受け、地球からはアメリカ、中国、中東から一箇所ずつ計三箇所の砂漠の地域を差し出した。


 砂漠に住んだエイリアンは、砂漠の真ん中に巨大なドームを作る。そのドームは何で出来ているのかドームの中は快適な温度が保たれ、木が生い茂っていて、湿度が高い。



 ここまで考えて藤崎はちょっと手を休める。せっかく、すこぶる付きの美女を出したのだからちょっぴり恋愛も欲しい。相手は――。


 そこで藤崎は少し考える。そんな美人のエイリアンなら相手は自分にしようかと。大人しくて目立たない自分だけれど、話の中でなら、何にだってなれる。




 金髪碧眼美人のエイリアン司令長官シーヴは、藤崎の会社のニット製品が気に入り会社の視察に訪れる。

 そこで説明に出た藤崎を気に入って、何故か自分の艦に連れ帰る。


 そのまま、美しいエイリアンと愛しあう藤崎だが、ある日、金髪美形のエイリアンからとんでもないことを聞く。


 彼らは地球人と違って、肉食のトカゲの進化したものだった。

 砂漠で彼らは畜舎を作って人間を飼い、食品工場を建設して、生産ラインには人間が――。

 彼らは人間を食料として見ていたのだ。


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