第11話 賑やかな小屋と最後の訪問者


 小屋は賑やかになった。朝は「お嬢様、朝ですよー」と、アンに起こされ、コックのネムちゃんが美味しい料理を作ってくれ、庭師のリリちゃんと花壇を作り畑を作り、執事のコケちゃんが家の中を仕切る。


 今までの見事なまでの山羊やら羊やら雉鳥は何だったのかしら。普通に取り澄まして召使をやっているけれど。偶に野生に帰りたい時でもあるのだろうか。


 コケちゃんが屋根裏から魔法書を持って来た。

「これが希少魔法の書ですね」

「三冊しかないの?」

 結構沢山魔法の本があるのに。

「希少ですから、ここにはこれだけですね」

「自然魔法ってあるかしら」

「こちらになりますね。説明が乗っております」


 自然現象を引き起こす。自然に呼びかけて助けてもらう。この地上の自然現象を自分に有利に利用することが出来る。


 ──と、コケちゃんが意訳してくれる。

「それだけ……?」

「そのようですね。魔法は創意工夫が大事でございます」

 つまり自分で何とかしろって事?


 属性魔法の本は沢山あって注釈・解釈本も沢山ある。しかし希少魔法の本は原文、古典言語、古代語、専門語のままだ。

 ヘレスコット王国は属性魔法が主で、そちらの勉強をする本は沢山あるが、製作をする職人が覚える付与魔法とか空間魔法なんかの本は少ない。つまり、そういうのも希少魔法なのだ。自然魔法よりは多いようだけど。



 小屋の周りには結界が張ってある。まだここから出てはいけないらしくて、家の周りで魔法の練習をすることにした。

「ここに水やりをお願いします」

「はい」

 リリちゃんの指定した所に雨を降らせる。優しく優しく。

「大地を潤す雨よ、優しく潤しておくれ」

「優しい風でふんわりリフレッシュ」

 後はサラッと風を流して、さやさやと。通風は大事。


「お見事です。向こうに薬草畑を作りましたので、そこにもお願いします」

 リリちゃんが手をパチパチと叩いて褒めてくれる。

「はーい」

 満更でもない。段々慣れてきたし。ステラは褒められると嬉しい子。伸びる子。調子に乗っちゃう子。

 でもこれって、普通の水魔法とか風魔法と大して変わらないような気がする。属性魔法は魔力と引き換えに魔法を発動する。私の自然魔法は自然にお願いするだけで、殺傷力はないようだけれど、魔力も殆んど要らないのだ。


 優しい雨と優しい風に守られて、すくすく育つ野菜や果物。そういえばここに植えた桃の実も芽が出て来た。

 リリちゃんがやって来て聞く。

「これは果樹ですか?」

「ええ、桃よ。私此処に来る途中で森に貰ったの」


(ちゃんと芽生えて良かったわ、美味しい桃が生りますように)


「この森の桃ですか。神話か伝説に出て来る話みたいですね」

 リリちゃんがニコニコ笑って言う。山羊だったリリちゃんと大して変わらないイケメンで、山羊だったら優しく撫でられるのに、ちょっと寂しい。私はスキンシップがしたいのかしら。



  ◇◇


 そんなある日、やって来ました根暗男。


 見目は悪くない。襟足までの黒髪が波うっていて、くるくると零れ落ちた髪が一房二房額にかかっている。その間から覗くきりっとした眉に、ちょっと三白眼寄りの紫の瞳は、切れ長で涼やかだ。口は一文字に引き結んで、顔の真ん中に真っ直ぐで頑丈な鼻がすっと一本通っている。

 何処からどう見ても騎士という感じの、きっちりと付いた筋肉は頼もしい感じなのだが、にこりともしない愛想のない顔は昔と変わらない。



 しかも、来た途端、斬り合いだった。

 静かな森に時ならぬ剣戟の音が響く。飛び散る血、次々襲い掛かる手練れの男達を、軽々薙ぎ払っている男。まるで剣の舞みたいに両手に持った剣が虚空を舞う。花が散っているよう。赤い花だわ……。


 手に汗握ってハラハラと見守る私。

「うわ、大変だ」

 私と一緒に庭仕事をしていたリリちゃんが、慌てて他の三人を呼んだ。

 はっ! 折角の私のお家、もとい、エルダー様お立ち寄り所が汚れる。血で穢れてしまう。


「わぁ、こんな所で斬り合いとか」

 コケちゃんはちょっときつい目をさらにきつくする。

「魔獣に喰ってくれって言っているよーなもんじゃん」

 ネムちゃんはフライパンを持っている。フライパンと包丁とどっちが強いかしらと、一瞬思ってしまった私は悪くないと思う。

「加勢するー?」

 今にも飛び出しそうなアンが一番血の気が多い。ウサギっ子じゃないの? 必死になってアンを引き止めると、コケちゃんがくるりと小屋に向かう。

「不味いんじゃね。旦那様を呼ぼう」

 ああ、エルダー様に迷惑をかけてしまう。



「ザシュ!」

 恐ろしい音に振り向く。

 あっ、彼が斬られた。血が服を濡らす。

 襲い掛かる者たちは何処の手の者か、騎士ではない。暗部だろうか。王妃教育で知っている。しかし、何でこんなに多いのか。

 多勢に無勢とはこの事か、彼がよろける。動きが──。


 止めて、止めて、止めてーーー!!

 くそぅ! 風よ! アイツらを追い払って!!


「風よ、吹き渡る者よ、我が願いを聞き留めてよ。私と彼を引き裂く者たちを追い払って! どっか行けーーーー!!」


 呪文よろしく長々と格好をつけて、思いっきり叫んだら出力が大きかったようだ。

 ゴウッと物凄い風の音がした。

 あ、風が攫って行った。根暗男一人を残して、他全員が飛ばされて行った。


 ──まあまあじゃない。

 ステラは調子に乗る子なのだ。「見よ、アーネスト王子!」と高らかに宣言したい。あ、随分昔の出来事なのに、根に持つタイプなのね、私。

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