顔と名前が覚えられないので相手のステータスが見られるようにしてください。

渡貫とゐち

顔と名前が覚えられないので相手のステータスが見られるようにしてください。


 顔は分かるけど名前が分からない。

 名前は分かるけど顔が分からない……顔と名前が一致しない。


 人のことを覚えることが苦手だ。結局それは、他人に興味がないことを裏付けてしまっているのだろう……、毎日顔を合わせる人ならともかく、たまにしか会わない人のことを覚えておくのは大変だ……。電話ではよく話していても実際に顔を合わせた時に「え、誰?」なんてことはざらにある。こっちに悪気がなくとも、それが向こうにも伝わっているとは限らず、やっぱり、相手も良い気分ではないだろう――忘れられているというのは。


 覚えられていない、というのは――。



「ゲームみたいに、相手の頭の上にでも名前が出てくれればいいのになあ……」


 ついでにステータスも。

 相手の体調まで書かれていたら便利だ……、微熱があるとか足を怪我しているとか……それが分かれば全員が相手を気遣えるだろう。

 かつて猛威を振るった新型ウイルスに感染しているかどうかも分かれば、検査もする必要がなかった。治療はしないといけないけど……。


 まあ、そんな『ないものねだり』をしても仕方がない。覚えられないなら覚えるしかないのだ。こういうのは経験である。慣れるまでは、不快にしてしまう人は多いだろうけど、そうでもしないと覚えられないなら、必要な犠牲だ――。

 それに、覚えられないほど相手に興味がないなら、相手が不快に思っても気にしないし……そこを気遣えるなら覚えられているはずなのだから。



 日曜日、買い物のために外に出てみれば――見えたのだ。


 頭の上に人の名前、そして体力HPゲージ……。

 数字の羅列は、ステータス画面のようで……。


 すれ違う人たち……に限らず、遠目に見える人にも頭の上には文字と数字と記号がびっしりと……。あ、あの人は軽めの癌だな、なんてことが分かってしまう……。


 自分の目を疑った。

 こんなものが見えていることもそうだけど、見えているものが本物なのか? とも――。

 話しかけて、確認するわけにもいかないか。


「全員が見えているってわけじゃなさそうだけど……」


 見えているなら自然と視線は頭の上に向かうはずだ。だけどすれ違う人は俺を見ても視線は上半身……、頭の上には向かわない。

 ステータスが見えているのは、俺だけ……?


 神様のイタズラ、だろうか……。まあ、見えて困るものでもないし、余計なことをしてくれやがって、なんて言うつもりはないけれど……それに。


「……これで、一応、懸念点は消えたな……」


 顔と名前が一致しないってことはない。

 表示されている名前が事実なら、だけどな。



 翌日、出社の日だ。

 昨日、神様 (たぶん)から貰った『目』は健在で、周りの人の名前や体調、細かい身体能力を数値化した棒グラフも見えている……、情報過多だけど、意識しなければぼやけてしまうので「鬱陶しい」ということはなかった……これも慣れか。


「……それにしても」


 頭の上には名前と、体力ゲージが見えている……、月曜日、なのに。


 怪我をしたわけでもない、体調が悪いわけでもない……それなのに、満員電車に乗る大人たちのHPは、既に全体の二割しか残っておらず、真っ赤っかだった……。

 一週間の始まり、既にほとんどの人が体力的な警告音が鳴っている状況だった……。


 土日が休みでも。


 五日間の疲れが完全に取れるわけではないのだ。




 …了

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