第207話


 チサトは、天守閣のてっぺんにいた。


 名古屋城周辺への風域の再配置はすでに完了していた。


 再配置には多少の時間を要したが、さっきよりも少しだけ強度と領域を抑えつつ、最小限の出力で風を発生させていた。


 それはキョウカの指示があったからだ。


 彼女からの指示によって、チサトは次の行動へのステップを踏んでいた。

 


 ある“特定”の領域へ、局所的な風域を発生させるつもりだった。


 さっきよりもより範囲を狭め、魔力を増幅させる。


 対象物は天守閣だ。


 ——そう、亀裂の内部から炸裂させた雪月花の“氷塊”を、外側から押し固める。


 外から「内」へ。


 そのための風域を、部分的に発生させようとしていた。


 広範囲にわたって風の防壁を形成できる「ストーミークラウド」とは、使用用途や性質の異なる狭範囲の風域。


 『ウィンド・スポット』


 指定範囲は半径数メートルにも及ばなかった。


 標的となるポイントを定め、糸を引くように指を動かす。


 チサトの足元から風が持ち上がり、丸み帯びたショートボブの襟足が、フワッと持ち上がる。


 足元にある歪な氷の表面は、風の発生に乗じて塵のような細かい破片を周囲に巻き上げた。


 チリッと、火花のような破裂音が、鋭い被写体を帯びながら焦げ臭い匂いを運んでいた。



 天守閣のてっぺんも、すでに雪月花の花弁で覆われていた。


 チサトが立っていたのは、元々金のシャチホコのあった場所だった。


 花弁の下側には、緑色の屋根の色合いがうっすらと顔を覗かせていた。


 氷は複雑な繊維のように不均一に絡み合っているが、所々では、城の表面が透き通って見えるほど透明度の高い層を形成していた。


 足場と呼ぶには不安定な屋根の上に立ち、天守閣を囲うように風を集中させる。


 回転する竜巻が城全体を覆ったのを見て、真琴は指にかけた弓の弦を一度緩めた。


 「おいおい…」と、ため息混じりに、立ち上がった暴風域を前にして、釈然としない視線を傾けた。



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