第46話 興味
俺はグラサンの視線を受けて頷くと、静かに、ゲイドリヒに察知されないように身を起こした。
だが、状況的には俺たちの分が悪いように見えた。グラサンが加勢してくれたとしても、俺はもうダウン中であり、俺の頼りとする力もゲイドリヒには通じなかったのだ。それでも、グラサンには何か勝機があるのだろうか。
だが、疑っていても仕方がない。俺には色欲の力を発動させるしかないのだ。
妄想の舞台の場所は今のここで、そして今度は男三人による乱れ合い。
俺は想像力をフルに回転させた。そこでは三人の男たちが輪を描くようにして、一つの生命体として繋がっている。俺自身でも何を言っているか分からないが、とにかく俺たちはそのような生命体になったのだ。
俺がゲイドリヒに、ゲイドリヒがグラサンに、そしてグラサンが俺と結合し、皆が呼吸を合わせ、同じタイミングで腰を前後させる。
現実でも妄想でも、周囲がめちゃくちゃになって来たが、俺も自らの妄想の果てに、廃人となる覚悟は出来ていた。
「……ぐぬおっ! この内から湧き上がる、快とも不快とも分からぬ感覚。まさか、まだ息があったか……!」
ゲイドリヒが俺を振り返る。既に勝利を確信していた時にこの有り様だ、その憎らしさは容易に想像できるようだった。
ただ、ゲイドリヒの態勢を崩したのはいいが、思わずグラサンまで妄想に巻き込んでしまったのはまずかった。ゲイドリヒ同様、グラサンも唐突に苦悶の表情を浮かべる。
「ぬおおっ、何だこの不快な感覚は……! バ、バカ……、俺まで巻き込む奴があるかっ!」
「す、すまん!」
俺は妄想の中でグラサンを跳ね飛ばすと、後はもう何も考えずにゲイドリヒを突いた。腰を強く握りしめ、ただただ背後から突き上げた。かつ、現実の奴が振り向いたのをいいことに、奴の顔をしっかりと睨み付けながらだ。俺の想像力は更に具体性を増し、威力そのものが向上している。
「ぬん、ぬわあっ……!」
だが、これは先ほど通じず、克服されてしまったことだ。事実、ゲイドリヒは
しかし、その脇を抜けて、グラサンが内股気味になりながらも駆け寄って来た。
そう、ここに居る三人ともが、下腹部に異様な感覚を覚えている。俺自身ももはや上手く力を扱えず、その力が暴走気味となり、反動となって俺を苦しめているのだ。
「貴様にしては上出来だ。その力の仕組みは分からないが、この力を使え。妖精から預かってある!」
グラサンが俺の肩に手を乗せる。しかし俺も敏感になっていた。即座に妄想が走ってしまう。俺はその中で、グラサンの手を引き寄せ、顔を引き寄せ……。
「バ、バカ、俺にその奇妙な力を向けるなっ……、おうっ……!」
「す、すまん!」
僅かながらも俺は冷静さを取り戻すと、グラサンの手を通じて、暖かな力が自分の中に満ちて来るのを感じた。
それはただの力ではない。
そこには、リプリエがメルに力を渡して以降、パンドラ内の数十年の力が秘められている。それはゲイドリヒを屈服させるには不十分かも知れない。だが、ほんの短い時間に圧縮したならば、十分な力を持ち得る。
「行け、奴に力を示せ!」
グラサンの号令と共に、俺は再び妄想を逞しくした。もはや小細工はいらない。抵抗する奴を説き伏せ、捻じ伏せ、押さえ付けて、激しく侵入を繰り返すだけだ。
俺の意識も混濁している。妄想を繰り返しながら、俺自身の腰も雄々しく虚空を前後し始めていた。
一対一。その表現が正に似合うだろう。
パンドラの力を得て増幅される妄想を前に、俺の精神が破壊されるか、それともゲイドリヒが耐え得るか。
これもまた、傍目には地味で、かつ奇妙な戦いだっただろう。俺たちの間に、グラサンとゲイドリヒの対峙の際に垣間見えた、
戦いを引き延ばすのは、明らかな敗北を意味していた。その場合、俺とパンドラの希望が
「ぐわああぁぁぁぁっ!」
ゲイドリヒの絶叫がリビングにこだまする。今まで、この色欲力の影響を受けた者たちと比較しても、それは余りにも凄絶で、もはや身を焼かれる思いだろう。下腹部に溜まった摩擦が炎を呼び、全身を焼き尽くすのだ。そのイメージを拭い去ることは、いかに上級神であっても
だが果てたのは俺も同じだ。想像力のリアルさに吐き気を催し、ゲイドリヒ同様、俺もその場にうつ伏せに倒れ込んだ。満足感もなく、虚しさもなく、ただ精神的な疲労と、そして何か、大事なものを失ってしまった喪失感が、幾重に重なって俺を取り巻いていた。
「……」
「……」
「ど、どうなった……?」
グラサンが俺に尋ねる。妄想の中でも、現実でも俺は果てていた。全てを搾り取られた、そのような感覚だった。すぐに返答出来る状況ではない。
短い沈黙の後、結果が伝えられたのはゲイドリヒの口からであった。
「……君の力、……認めなければならぬな。……その力、恐らく今後も天界を、豊かにするはず、だ」
途切れ途切れにゲイドリヒが呟く。その言葉を受けて、俺は心の中で勝利を喜んだが、それを表面に出すだけの体力は残っていなかった。
「……ど、どうもっ」
「……」
グラサンは奇妙な感覚に捉われながらも、そのやり取りで勝負の決着を知ったようだった。
― ― ―。
― ― ― ― ― ―。
― ― ― ― ― ― ― ― ―。
僅かな休憩を挟んだ後。
「異様な光景だな。だが、どこか心躍るものがある」
「私が最後にいた時間軸より、数年もしくは十数年が経過しているようです。その短い期間で、更に町は豊かになったように感じます。これが人間たちの力、と言うと、表現が大袈裟かも知れませんが……」
「いや、それで良かろう。我々は人間の力を
俺たちはゲイドリヒを伴ってパンドラに戻っていた。
俺とグラサンとがパンドラを出た後、俺たちの意識が介在しない間、再び時が加速していた。そして今の時刻はだいたい昼、場所は万次郎として転生した町だ。大通りは非常な賑わいを見せ、往来には多くの雑踏と笑顔が溢れていた。
前を行く二人の会話を聞きながら、俺はゲイドリヒがどういう判断を下すのか、心配で気が気ではなかった。
「食事なども我々が全く想像できないようなものが並んでおる。珍妙でありながら、なかなか興味深い」
「興味がおありで? ならば覗いてみましょうか。おいドルンドルン、金はあるか」
まるでカツアゲのような口ぶりだが、俺に口答えをする余力はない。これから彼らは大事な話をする。その中で恐らくグラサンは俺の為を思って話をしてくれる。そう思うと、たとえ憎まれ口であっても叩く気にはなれなかった。
俺はグラサンに手持ちの金を渡した。グラサンはそれを受け取ると同時に、口角を小さく持ち上げて、顔をある方角へ向けて顎をしゃくり上げた。
それは先に花乱れがあった方角。
「少しゲイドリヒ殿と会話をする。込み入った話になるかも知れないから、貴様は外せ」
相変わらず偉そうな奴だ。俺は一つ二つの適当な返事をして、彼らと別れて裏通りに足を延ばした。
風景が少しずつ花乱れに近付いていく。小川のせせらぎが聞こえて来た。
俺がここを出たのは十分、もしくは数十分程度だ。しかしゲイドリヒとの激突を終えた疲労もあり、とても長い時間が経過したようにも感じていた。
現在、ゲイドリヒはパンドラ視察という形で、人間たちの善悪と、俺の行為そのものを判断する過程に入っている。ゲイドリヒの意見と考え次第で、俺の審判が決まる可能性がある。場合によっては、もうここを歩き回る機会はないだろう。
そうなると、これがパンドラを視界に収める最後の機会になるかも知れない。
花乱れ、そして俺が残したもの。それを確かめる時間を、グラサンは俺に与えてくれたのだ。
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