鬼と魚

加藤那由多

第1話『ストーカー事件』

 繁盛期を過ぎた都内のカフェテラス。店の奥の席に若く見えるカップルが座っている。

 男の方は長髪を後ろで軽く結っていて、漆黒のスーツを着ている。

 女の方は黒いロングヘアで白いメッシュがかかっている。服はレースで飾られたドレスを身に纏っている。

 二人とも結婚式帰りのような正装で、デートだとしたらとても気合が入っている。

新井あらいーこれ運んでくれる? 十二番」

 厨房の店長からパフェを渡される。十二番ってことはさっきのカップルか。

「わかりました」

 パフェを持って十二番テーブルに近づく。近くで見ると余計に美男美女だな。

「お待たせいたしました。ストロベリーパフェでございます」

「おぉ! 意外と大きいね。食べ切れるかな……」

千夜ちやが食べたいと言ったから注文したんだが……」

「わかってるって。ちゃんと食べるよ。菊一郎くんのご飯は帰ってから用意するから」

「千夜……お前今日の夕飯パフェそれで済ませる気か?」

「まぁ、私の場合お腹が満たせれば栄養とか関係ないし」

「はぁ……それはそうだが」

 千夜と呼ばれていた女性は食べ切れるか心配していたが、どんどん食べ進めて遂にスプーンが底を掘り当てた。

「店長、あのカップル楽しそうですね」

 パフェだけであんなに笑って会話できるなんて羨ましい。

「そうだな。でも新井、仕事中だぞ。無駄な会話は控えるように」

「はぁい。黙って眺めてまーす」

 とはいえ、二人以外にも客はいない。もうしばらく暇を潰していてもいいだろう。

 しかしそう思った矢先、ドアに取り付けたベルが鳴った。

「いらっ……」

 息が詰まる。足が止まる。

「いらっしゃいませ。一名様ですね。こちらへどうぞ」

 店長は私の前に割り込むと、私の代わりに客の対応をしてくれる。一方で私は逃げるように厨房へ入った。

 厨房の扉越しに彼の大きな声が聞こえてくる。

「どうしたの? 花奏かなでちゃんは? 今日シフト入ってるよね。呼んでよ」

「申し訳ございません。ただいま新井は他の業務で手が離せない状況でして……」

「じゃあお姉さんがその仕事やればいいじゃん。ねぇ、交代。チェンジチェンジ!」

「そういったわけにはいかない重要な仕事でして。申し訳ございません」

「そういうのどうでもいいからはーやーくー呼んでよー」

「ですから……」

 店長はあしらおうとするが、男は逆上して声が大きくなる。頭に血が昇ってそうなのに血色の悪い顔がなんだか気味悪かった。


 結局、彼は先輩に文句を言い続け、満足したのか何も注文せずに帰っていった。

 ちょうどそのタイミングで、例のカップルが席を立った。

「ご馳走様でした。美味しかった〜」

「それはよかったよ」

「じゃあ払っておくから、先出てて。それと、よろしくね」

「わかった」

 女性はレジに向かい、男性は店を出た。

 私は対応すべく彼女の元へ走った。

「お会計ですね。一点で1180円になります」

「はい。1200円でお願いします」

「1200円お預かりします。20円のお釣りと、レシートになります。ありがとうございました。またお越しください」

「こちらこそありがとうございました。美味しかったです。それと……」

 彼女はぐっと前のめりになると、私の耳にそっと打ち明けた。

「これでバイト終わりですよね? すぐそこの緑公園に行きませんか? 待ってますから」

「え?」

「さっきのうるさいお客さん、ストーカーですよね? なんとかしますよ。私の最高にかっこいい夫がね」

 見届けてください、と彼女は言った。

 私は怪しいと思いながらも、それ以上に彼に迷惑していたから頷いた。


 タイムカードを切って、着替えてから店を出た。

 店の前では、先ほどの女性が宣言通り待っていた。

「お待たせしました」

「いえ。急いで出てきてくださってありがとうございます。シャツのボタンを掛け直してから、行きましょうか」

 顔を真っ赤にしながら、戸惑った手つきでボタンを直した。


 公園へ向かう途中、緊張する私に彼女が優しく話しかけてくれた。

 伊登いとう千夜という名前であること、夫と二人で相談事務所で働いているということ、夫は強いから安心していいということ、夫はカッコいいけど好きにならないようにと冗談も言った。ほとんど惚気だった。

 公園に着くと、二人の男性がいた。一人はベンチに座り、一人は鉄棒に寄りかかっている。

「お、本当に来た。おにーさんすげー。俺が誘っても来てくれなかったのに。どんな魔法を使ったんだよ」

 千夜さんのおかげで解れていた緊張が一瞬のうちに復活した。それ程に、あの男を見ると恐怖を感じるようになっていた。

 しかし、千夜さんが私の肩に手を置いてくれたから、逃げることはなかった。

 信じてみよう。この二人を。

「魔法だなんて。そんなものは使ってない。お前みたいに強引に誘わなかっただけ」

「はァ? 俺が強引だって言うのかよ?」

「そうだ」

「相手の気持ちを考えない行動は、あまりよろしくないですよ」

 二人がなんだか険悪な雰囲気になる中、千夜さんは躊躇なく声をかけた。

「うるせェ!」

 千夜さんが耳元で囁く。

「あなたの気持ちを伝えてください。大丈夫です、守りますから」

「わ、私は……正直、迷惑、です。私だけじゃ、なくて、お店の人も、困ってるので、もう、お店には来ないでください!」

「な……」

 男は絶句し、千夜さんはそっと手を握ってくれた。

「よく頑張りましたね。では、これからは私たちの出番です。下がっていてください」

 彼女の言う通り、彼と距離を取った。

「だ、黙ってれば偉そうに来るなだと? 客は神様じゃねぇのかよ!」

 彼は拳を振り上げ、私に向かって走ってくる。

 殴られる、と思ったその瞬間、千夜さんが私たちの間に割って入った。彼の打撃を受けたのか、腕が青く腫れている。

「千夜さん⁉︎」

「大丈夫です。ほら」

 千夜さんのその腕は、いつの間にか元の綺麗な色に戻っていた。

「あなたはお客様でも神様でもないですよ。ただの迷惑。あのお店にとっても、現世にとっても」

「気づいてないようだから教えるが……お前、もう死んでるんだよ」

「な、何言ってんだよお前」

 彼は頭のおかしな人を見る目で千夜さんの旦那さんを見た。正直、私もそんな感じだった。

「お前は、生前から面倒なストーカーだった。とある女性に付き纏い、今回のように店に迷惑客として訪れたり、家に帰る間ずっと話しかけたりしていた」


「そしてある日の夜、あなたがいつものように帰宅途中の女性をつけまわしていた時、あなたはついに手を出そうとした。あなたの性格からして気軽なボディタッチだったのかもしれませんが、彼女はそれを許さなかった。彼女はあなたを突き飛ばし、あなたはその衝撃で塀に頭をぶつけた」


「驚いた彼女は、人を殺してしまったと思い、警察に駆け込んだ。その後警官と二人で現場に行ったが、そこにお前の死体はなかった」


「ではあなたは死んでいなかったのか。答えはノーです。あなたは死んだ。そして幽霊として蘇りました。正確には、死んで魂だけになったあなたは自らの死体に憑依することで身体を取り戻しました」


「俺たちは、お前を殺したその女性から依頼を受けた。ある男からストーカー行為を受けている。そいつは、自分が誤って殺してしまったはずなのに、殺した後も付き纏ってくる。怖いから助けてくれ、ってな」


「あなたが本当に死んだのか、そして何者なのか、その時点では確かめる術がなかったので、私たちのツテを使って彼女を保護しました」


「その結果お前は俺たちの前にノコノコと現れた。そこで除霊してやろうと思ったのに、お前は逃げやがった」


「あなたの顔は写真に撮りましたから、どこに逃げても捕まえられます。とりあえず彼女には魔除けの御守りを持たせました。おかげで彼女がストーカー被害に遭うことはなくなりましたが、あなたはターゲットを変えました」


 彼女は、私の方を見た。

「ごめんなさい、あの時除霊できていれば、あなたに危害が及ぶことはありませんでした」

「いえ、大丈夫です」

 自分でも何が大丈夫なのかわからなかったが、幽霊とか除霊の方がよくわからなかった。

「それより、あなたたちは、何者なんですか? 幽霊とか言われてもよくわかりませんよ」

「そうですよね。私たちは『伊登相談事務所』をやっています。私は伊登千夜。八百比丘尼やおびくにです」

「俺は伊登菊一郎。吸血鬼きゅうけつきだ」

 八百比丘尼に、吸血鬼?

 そんな疑問が解消されるその前に、千夜さんの旦那さん──菊一郎さんが動いた。

 そして、ストーカー男の首に歯を突き立てた。

 脳の処理が追いつかない。吸血鬼なら正しいのかもしれないが、人が人を食べたという驚きの方が大きかった。

「下がってください。菊一郎くんが彼を吸血鬼にしました。さっきまでの何倍も危険です」

 吸血鬼は血を吸った相手を同族にできる。吸血鬼に関する知識が薄い私でも、そんな設定の映画を見たことがあったのを思い出した。

「ぐ、、うァァ」

「千夜、あとは頼む」

 菊一郎さんがストーカー男から離れ、代わりに千夜さんが近づいた。噛まれたばかりの彼は苦しみ、地面を引っ掻いている。

「任せて」

 彼女はカバンから水筒を出すと、蓋を開けて注ぎ口を下に向けた。予想通りこぼれた水は、予想に反して千夜さんの胸の前で球体を維持したまま浮いた。

 中身を全て出し切ると、彼女はその球を押し出した。正確には、触れずに押し出した。わけがわからない。

 そして、球───つまり水に触れた男は、触れた部分からどんどん灰になり、夜風と共に消えてしまった。地面に、水が飛び散った跡が残った。

「お疲れ様です。これで、彼の除霊は終わりました。これからは彼に怯える必要はありません」

「は、はい!」

 正直怖かった。つまりまとめると、ストーカーの幽霊を吸血鬼が吸血鬼にして、八百比丘尼が水をかけて灰にした。いや、まとめてもよくわからない。人が死んだってこと⁉︎

「彼は元々死んでいましたから、死んだという表現は少し違います。先程の水は『聖水』といって、吸血鬼を浄化することができるものです。それを八百比丘尼の水を操る能力で彼にぶつけ、浄化しました」

 えっと、つまり?

「この事件は解決した、ということです」

「何が起こったかよくわからないとは思うが、ストーカーはいなくなった。お前はそれだけわかってればいい」

「怪異は存在し、怪事件も少なくありません。もし今後、不可思議な現象でお困りのことがございましたら、是非『伊登怪事件相談所』をお尋ねください。依頼料をいただくことにはなりますが、必ず私たちが解決いたします」

 そう言って千夜さんは鞄から名刺を取り出して差し出した。そこに書かれた『怪事件』の三文字が私を新世界に誘っていた。


【次回予告】

 『伊登怪事件相談事務所』が事件解決に使うのは、鬼と魚と聖水だ。

 聖水を作れる巫女の元を訪れた二人は、ライバルと呼ぶべき吸血鬼の誕生に立ち会うことになる。

 第2話『聖水の巫女』

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