第10話 まさかタヌキ?4
妖介は決して朝が強いというわけではなかったが、満員電車が好きではないので、いつも少し早めに会社に来ていた。
姫子は時間ギリギリが、ひどい時には少し遅刻してやってくるので、いつも事務所の電気を点けるのは、妖介の役目だった。
ところが、その朝、会社に行くと電気はもう点いていた。やべ、昨日もしかして俺消し忘れたっけ?と思い自分の席に着こうとすると、前の席で真っ赤な髪の毛が机に広がっていた、
「ぎゃあ」
妖介は驚いて声を上げた。
よく見ると、姫子が机にうつぶせで寝ていた。
「ど、ど、どうしたんですか?」
姫子が半開きの目で妖介を睨みつけたので、妖介は恐怖で思わず後ずさりした。
「今、何時」
「8時15分です」
姫子は、むっくりと起き上がった。
机には、お社がまるで設計事務所の図面のように精巧に書かれていた。
この人、一晩かかって、この図を書いたんだ。でも、一体何で?
妖介は、姫子の得体のしれないパワフルさに、驚いた。
姫子は突然、大きなバッグの中からバスタオルとシャンプーと自分の下着を取り出した。
「へええええ?」
妖介は驚いた。
「何見てんのよ、スケベ」
そりゃ、普通見るでしょ。妖介は言い訳したかったが、動揺して言葉が出てこなかった。
「あんた、ちょっと誰も入って来ないように、ドア押さえといて。それから、君、後ろ向いたら明日死ぬからね」
妖介は言われたとおりに、ドアに向かい開かないように抑えた。その後ろで女子の先輩が着替えている。今の俺の姿を両親が見たらきっと情けなくなって泣くだろう。
かさかさと音がして、確かに姫子は着替えているようだった。やっぱりちょっとドキドキした。
しばらくすると、洗面所からジャバジャバと音が聞こえた。洗髪しているらしかった。
洗面所から出てきたのか、ちょっとシャンプーのにおいがした。
その後また、タオルの音がして、ちょっと見たい気持ちを我慢していると、「もういいわよ」と呼ばれた。振り返ると、すでに会社の制服に着替えていて、髪だけが濡れていた。
「ちょっと、あんた手伝って」
バスタオルで髪を拭いて、ドライヤーで乾かすのを手伝わせられた。
赤い髪を拭きながら、このバスタオルって、姫子が裸で巻いてたやつじゃね?と思うと、妖介は少しドキドキした。
「やだなあ、変態くん」
姫子は意地悪な笑みを浮かべて、妖介を見た。
「なんすか、何も考えてないっすよ」
妖介はとぼけた。
その後、すぐに姫子の書いた図面は秘書室に届けられ、突貫工事が始まった。
******
お社の竣工式の前日、妖介は姫子から油揚げを買ってこいと命令された。
会社で味噌汁でも作らされるのかと不思議だったが、断るわけにもいかず、近くのスーパーに走った。
竣工式には、近くの神社から神主が呼ばれた。宮司を引き受けてくれるらしかった。
姫子に命令されて、妖介は油揚げをお供えした。
拝殿の前にはいくつもの小さなキツネの置物が並べられた。
「なぜにキツネ?」
妖介は不思議に思った。
******
確かに、お社ができてから、運転手の不思議な体験は聞かれなくなった。やはり、お祓いとか、お祈りとかは、精神的な効用があるのかもしれない。ただ合点がいかなかった点があった。
「何で、厚揚げなんですか?それにキツネの置物が沢山あったり。あの婆さんはタヌキだって言ってたじゃないですか」
姫子は、妖介をじろっとにらんだ。
「これだから、単細胞は困るわ」
「単細胞!!」
最低と言われたことはあっても年下に単細胞は初めてだ。畜生、裸でも見てやればよかったと、妖介は後悔した。
姫子は、古い地図のコピーを取り出した。鳥獣戯画図のような絵柄のタヌキとキツネが描かれていた。地図の上には不規則に曲がった一本の線が引かれていた。
「タヌキって、本当は用心深い動物なの。めったに姿を現さない」
姫子は、説明を始めた。
「タヌキ囃子を聞かせて、人をばかすなんて、そんな判りやすいことしたら、よそからあやかし対応のプロが来て祓われるリスクが跳ね上がるわ。明治時代じゃあるまいし、そんなリスキーなことを現代のタヌキがするわけがないの」
そこで、姫子は地図を指さした。
「これは、江戸時代の有名な祈祷師で浮世絵師の裏見屋猫丸が地図に記録したキツネとタヌキの間で決められた分岐線なの。昔はタヌキとキツネで勢力争いが激しくて、喧嘩でお互いの消耗が激しく、話し合いで境界線を決めたらしい」
妖介はただ、目をパチクリしながら姫子の話を聞いた。
「そして、新しい道はこんな感じ」
姫子は、赤いサインペンで線を引いた。赤い線は地図の左側を縦に走った。左側はキツネの絵の描いてある方だった。
「あの道路ができて、自分のテリトリーを荒らされるって一番心配したのは、キツネだったわけ。でも、あからさまにキツネの呪いや祟りなんかだって言われたら、根こそぎ鎮められてしまう可能性もある。そこでタヌキを装って嫌がらせをしたっていうのが、真相かしら」
「へええ」
妖介は、またしても、姫子のとんでも話に感心して見せるしかなかった。
「先輩はタヌキじゃないくてキツネの仕業ってわかったから、キツネを安心させるためのお社を建てて、丸く収めたっていうわけっすか」
妖介は、自分でもうまく合わせたと感心した。
「単細胞くんでも、さすがに判るか」
「はあ、どうも」
妖介は面倒くさくなって、適当に返事をした。
******
その夜、妖介は家に帰って通勤用のリュックを開けると、なぜか書類の他に葉っぱが一枚カバンから出て来た。
「あれ?どこから入ったんだ?」
すると部屋の中に急に風が吹いた気がして、窓の隙間から、葉っぱは飛んでいった。
「窓開けたまま会社行ったっけ?ま、いいか」
そういえばタヌキは葉っぱを頭に乗っけて化けるんだよな。
「あほくさ」
妖介は、それ以上深く考えずに、窓を閉めた。
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