事情聴取Ⅱ


「茜お前、そんなこと言ったのか?」

「度胸あるー!」


 海斗が面食らったように驚いた。

 その向かいの安藤も、同じように驚いてから、腹を抱えて笑いころげた。


 査問を終えて梟の事務室に戻ると、先に終えていた海斗が作業机の上に地図やら何かの資料やらを広げていて、それを安藤が椅子に胡座をかいて眺めていた。

 茜は机の反対側、安藤の隣に座り、それを不思議そうに眺めながら二人に査問会でのことを話した。


「すっごいねー、しかも今回の査問委員会って結構なお偉いさん揃ってなかった?」

大学長ボスに加えて五代幹部に喧嘩売るとはな……茜ならいつかやると思ってた」

「えっ、大学長ボスに加えて五大幹部?!あたしその面子が揃ってるとこなんて見たことないよ!」

「あの人ら揃いも揃って馬鹿だろ、大真面目に空想論しやがってさ。そんな意味無い妄想に付き合ってる暇ねーよ」


 愚痴っぽく言うと、安藤がグローブをはめた手を顎に当て「正論だあ」と大きく頷いた。


「俺は深矢を疑ってた身だから何となくあの人達の思考回路も分かる。深矢は俺ら同期の中じゃ飛び抜けて優秀だったからな、そんな奴が青嶋の外で野放しだったと考えると確かに脅威だよ」


 まぁもっとシンプルに考えりゃ、深矢に反逆の意がないことくらいすぐに分かるんだけどな。


 そう言った海斗は、どういうわけかさっきから任務に関するTCCや武器商人の資料から大学の最寄駅周辺の地図まで、片っ端から机に並べている。

 茜はついに見かねて尋ねた。


「……あんなかったるい査問の後だってのに、あんたの機嫌がいいのは何でだよ?」

「うっそ、機嫌よかったの海斗クン?てか何で分かったの茜ちゃん?」


 安藤が驚いたように二人を交互に見やる。

 それを余所に、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、海斗が手を止めニヤリと笑った。


「そりゃあだって……深矢は深矢だとはっきり分かったんだ。清々しいに決まってるだろ?」


 安藤が困ったような顔で茜に顔を向けた。

 茜も同じような表情で首を傾げた。


「……ぜーんぜん意味わかんないや。茜ちゃん分かった?」

「いいや全く」


 深矢をストーカーしていたことと関係するのは予想つくが、何がそれほどまでに清々しいのかは見当がつかない。

 すると海斗はものすごく楽しそうに、頼んでもないのに解説し始めた。


「茜、お前査問で話聞いてきただろ?深矢の奴、青嶋出てから大人しくしてるもんかと思ったら隠れて盗み働いてたんだ」


 茜にしてみれば、それがどうした、くらいのことだった。それくらいは深矢の性格を考えれば分かるだろう。


「それだけじゃない。協力者の話は聞いたか?」

「あぁ……泥棒業するときの?」


「そう。深矢はこの三年間ずっと、あの事件を探ってたんだよ」


 話が飛んだ。茜は思わず眉をひそめる。


「ちょちょ、ちょっと待って?なんで急にそこがそうくっつくの?」


 右手を挙げて質問した安藤に海斗が噛み砕くように、そして得意げに話す。


「深矢は協力者……っていうより雇い主って言い方が正しいな、雇い主から頼まれた盗みをする見返りに、SIGについて情報をもらっていたんです。三年前の事件を探るために」


「三年前って……あれか、大学長ボスの暗殺事件か。そっかー、深矢クンはあの事件の第一容疑者なんだっけ。噂でしか聞いたことなかったけど本当にそうだったんだー」


「容疑者ってだけで、深矢は犯人じゃない。その容疑を晴らすためにあいつは、三年間静かに活動し続けてたんだ……この間暗殺されたエージェントは、きっと苦労して手に入れた手掛かりだったんだ」


 その時、誰もいないだろうと思っていた団長室の扉が、ガチャリと音を立てて開いた。


「その通りよ……全く、その事件はトップシークレットなんだから安易に口にしないことね」


 腕に資料の束を抱えた朱本が、鷹のように鋭い視線で海斗を睨むようにして出てきた。

 海斗は朱本の存在に気付いていたのかそうでないのか、背を向けたまま言った。


「絶妙な所でトップシークレット扱いになったから深矢が犯人っていう噂があるんだ。誤情報は消しといた方がいいかと思っただけです」


 いつになく棘があり、珍しく深矢を庇うような言い方だ。

 それはまるで、青嶋に深矢がいた頃の海斗のような——三年前の海斗と深矢の関係性がそこにあるかのようだ。


 ここ最近の、深矢を疑ってばかりいた海斗とは違う。

 何が海斗の考えを変えたのだろうか。


 朱本がそんな海斗の背中を見ながら、作業机に近付いてやれやれと首を振った。


「数日前に事務員が一人、IDを無くしたとの報告があったらしいわ。調べたら、その事務員のIDでSIGのデータベース……それもいっかいの事務員には関係のない、工作本部のエージェントリストにアクセスした記録があった。その数日後にエージェントの暗殺事件が起きた。しかも殺された彼は、三年前の事件の関係者だったのよ。秋本が事務員のIDを盗ったことは確かね」


 軽くため息をつきながら、朱本はもう一度海斗を睨んだ。


「あのエージェントが三年前の事件の関係者って情報は、どこから手に入れたのかしらね」


 さぁ、と得意げな表情をした海斗は肩をすくめる。


 朱本は諦めたように視線を落とし、机上の資料を一目見てから安藤へと目を向けた。


「それで、安藤さんに頼まれた任務のことだけど……一応、取引を一時的に辞めさせることには成功したみたいね。この先続けさせるかは安藤さんの判断に任せるわ」


 茜は気まずさを感じて視線を逸らした。

 朱本も言ったように、昨晩のは『その場しのぎ』だ。TCC側がまた新たに取引先を見つけては同じことを繰り返すだろう。


 しかしこちらも深矢があの状況だ。茜と海斗の二人でどうにかするにしても——


 茜はそこで海斗を盗み見た。

 そして——驚いた。


「うーん、悩みどこだなあ。例の上海の武器商人があの貿易会社と取引することはないだろうから、直接的にうちに被害はないんだけど……変にうちのヤマを荒らされても困るしねえ。なるはやで貿易会社を仕留めて欲しいとも思うけど、二人じゃあキツそうだし……」


「そんなことはないですよ」

 自信ありげに、海斗が言い切った。

 海斗は満足げに、自分が並べた机上の資料達を眺めている。


 茜もその表情を見て、確信が持てた。これならいける。


 海斗が今ある有りっ丈の情報と向き合う時、それは海斗が予測を立てている時だ。

 そして自信満々に言い切ったということは、成功する道筋が見えたということ。


 海斗の様子に驚いた様子の安藤も、何かを感じ取ったのか胸の前でパンッと手を合わせた。

「じゃあお願いしようかな!」

 その場の雰囲気に、朱本が唯一怪訝な顔をする。


「……言っておくけど、最初に言った二週間の期限は守ってもらうわよ。それまでに二人だけでどうにかできるとは……」

「もちろん、出来ますよ」


 海斗が自信満々に、喧嘩を売るかのような勢いで朱本を見上げる。朱本のこめかみに青筋が立つのが分かった。


「……そう、分かったわ。但し何が起きようと、団長は出張ですぐには戻ってこれないから、自分たちでなんとかすることね」


 そう冷たく言い放ち、事務室のドアへと向かう。

 その途中で、ふと何かを思い出したかのように立ち止まり、振り向いた。

 その朱本は嘲笑うかのような表情を海斗に向けていた。

「団長から伝言よ。色々調べるのにお姉さんを使い過ぎって。お姉さん、あなたに相当な見返りを期待してるそうよ」


 その伝言で、それまで悠々としていた海斗の肩がビクリと跳ねた。

「な、なんで姉貴の話が……ッ!?」


「あら、お姉さんも梟の一員ってことは知らなかったのね。つい昨日まで、定期報告で団長と会ってたのよ」


 しれっと答えた朱本に、一転して海斗は焦ったように怯えたように頭を抱えた。


「そうか……ッ!梟の情報が的確だったのはそのせいか……ッ!」


 海斗の呟きで、茜はあぁ、と合点がいった。最初に本部に呼び出された時、海斗が梟について噂を聞いたことがあると言ったのは姉からの情報だったのだ。


「くそ……ッ!しばらく会わないと思ってたのに……!」


 茜も海斗の姉とは面識がある。海斗が姉を苦手としていることもよく知っている。


「今回の任務は長いみたいだね。向こうで元気してたー?」

 安藤の能天気な反応に、朱本が頷く。

「いつも通りよ……そろそろ戻ってくるんじゃないかしら」


 そしてとどめを刺すかのように付け足し、朱本は事務室を出て行く。

 ああぁ……と海斗が項垂れるのを見て、茜は安藤と一緒に呆れた顔をした。



 ***



 朱本は事務室の扉を後ろ手に閉め、そのまま寄りかかって眉間に指を当てた。

 そして疲労のため息を長く吐く。


 彼らが入ってきてからというもの、波が押し寄せるように目まぐるしく忙しかった。


 主な原因はもちろん、秋本深矢だ。

 三日とたたず査問委員会が開かれ、どちらもSIGの重役を揃わせるなど聞いたことがない。


 おかげで団長も、本来の出張から急遽とんぼ返りで査問委員会に出席するはめになっている。

 その浮いた分の仕事をこなすのは朱本だ。それだけではない。ただでさえ、普段から団長は事務仕事を全て朱本にそっくりそのまま回してくるし、今回の査問委員会の報告書も、結局は朱本の仕事となるだろう。


 どいつもこいつも、仕事増やしやがって……


 朱本は歩き出しながら、ここにいない団長や深矢を憎むようにくうを睨み上げる。

 そして、廊下の向こうから歩いてくる人物に気がつく。


 見たことのある顔だった。


「……あら」

 思わず凝視してしまう。


 だが、すれ違い様には知らないフリをする。


 向こうは、朱本のことを認識していないようだ。


 少し経ってから振り向いてみると、その人物は一直線に梟の事務室へ進んでいた。


「……そういう連絡は入ってなかったけど」

 朱本はその背中を見送りながらそんなことを呟いた。

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