月だけが見てる

「シェサ。あいつらの探してたのって、本当はあんただったんでしょ?」


 ルティアは川下かわしもに向かって歩きながら、シェサにたずねてみる。


「だろうね」


 答えるシェサの声は相変わらずそっけない。しかし、ルティアは、またたずねる。


謀反人むほんにんとかって言ってたけど、あんたなにか悪い事でもしたの?」


「まさか……」


「じゃあ、なんであんなやつらに追っかけられてるの?」


無神経むしんけい……」


 ルティアの問いかけに、シェサは短く答えると、少しうつむいて足元の小石を蹴飛けとばした。小石はそのまま転がって「ポチャン」と川に落ちる。


「そりゃ、あたしは無神経かもしれないわよ。でもさ、誰かに話したら気が楽になる事ってあるじゃない? だからさ、言ってみなさいよ」


 なぐさめるような調子の優しい声に、シェサは顔をそむけて「お節介せっかい」と言いながらも、ゆっくりと話しはじめた。


 今年、メティエの町は不況ふきょうで、いつもと同じがくの税をおさめられなかった事。

 役人に町長が減税をお願いに行ったが、聞き入れてもらえなかった事。


「結局、いつもの半分しか税を払えなかったんだ。でも、それ以上とられたら、生活が出来なくなるから……。でも、それじゃあダメだって。代わりに町の娘を全員差し出せって。だけど、そんなの出来ないし。そうしたら、今日、兵隊が来て。王様の命令だって言って。町に火をつけて、みんなを殺して……」


 シェサは、そこで言葉を切ると、くちびるを「キュッ」と噛み締めた。


 その後を続けるように、今度はルティアが口を開く。


「それで、逃げてきたの?」


「そう。町を出る時に、家族と約束したんだ。もしはぐれたら、この川をずっと下ったところにあるスールの町で合流しようって」


「で、ずっと歩いてるの?」


「うん」


 淡々と答えるシェサの顔をルティアは不思議そうにのぞき込む。


「でもさ、それなら悪いのは国王の方じゃない。なんでシェサが逃げなきゃいけないの?」


 シェサはルティアから目をそらした。


「仕方ないさ。王様は絶対なんだ」


「でも、おかしいわよ! 国王って言ったってただの人間じゃないの! 人間ごときに、そんなふうに人を殺す権利なんてあるわけないじゃない!」


 耳元みみもとでわめき散らすルティアに、シェサは「僕も人間だよ」と言って空を仰ぐ。


「綺麗な夜空。でも、雲が出てきた」


 シェサはそう言うと、また黙り込んだ。ルティアは少し不満そうな顔をしながら、シェサの半歩後ろを歩く。そして、ひまそうに竪琴たてごとをかき鳴らす。


  月だけが見てる

  冷たい三日月だけが

  あたしたちの行く先を


  三日月の銀の光は道しるべ

  かすかな光が行く道を照らす


   この道はどこに続く道?

   悲しみに続く道?

   喜びに続く道?


   あしたの方に進んでるのに

   行けば行くほど

   あしたが見えなくなる


  月の光はかすかな希望

  その光の分だけ

  あたしたちあしたを望む


   この道はどこへ向かう道?

   終わりへと向かう道?

   始まりへ向かう道?


   あしたの方へ進んでるのに

   行けば行くほど

   あしたが遠くなる


  あたしたちは本当に

  夜明けにたどりつけるの?


   この道はどこに続く道?

   悲しみに続く道?

   喜びに続く道?


   あしたの方に進んでるのに

   行けば行くほど

   あしたが見えなくなる


  たずねてもいいかしら?

  この道は本当にあしたに続く道?


 竪琴の音が止むと、シェサはルティアの方を振り返った。


縁起えんぎでもない歌うたうなよ」


 シェサはそれだけ告げると、また前に向き直る。ルティアは突然言われて一瞬言葉に詰まるが、しばらくしてから騒ぎ始めた。


「あんたねえ、めるって事を知らないの? それにねえ、褒めないにしたって、なにも、わざわざ文句をつけなくてもいいじゃない! 聞いてるの⁉︎」


 ルティアの声に、シェサは耳をふさいで、振り向きもせずに歩いて行く。


 そして、そんな二人を銀色に輝く冷たい三日月が照らしていた。

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