episode.22

シルヴィの実家であるベルナール男爵家は王都から馬車で半日程。国境付近の辺鄙な場所に屋敷を構えている。


「あ~……久しぶりに見ると家のボロさが分かるわ……」


シルヴィは実家に着くなりその外観の酷さに溜息が出た。

煉瓦は所々崩れ、壁には蔦が這っている。唯一庭の花達はシルヴィの母が手入れしてくれているようで何とか見れるぐらいにはなっていたが、知らない人が見れば幽霊屋敷と間違えられそうだ。


そんな庭を抜け、邸の扉を開けようとしたが


「………………ん?ん~~~~~~ッ!!!!」


建付けが悪くなっているようで、軽い力では開いてくれない。

片足を反対の扉に置き、思いっきり引っ張った。


ガコンッ!!


大きな音と共に扉が開いた。


「もう……ここが男爵邸って言うんだから世も末よ……」


呆れを通り越して悲しくなってきた。

ここまでしてしがみ付きたい意味も分からない。

潔く平民になった方が気持ち的にも楽だろうに……


それと同時に、こんな家援助するだけ無駄なのに婚約者候補はどんなイカれた奴なのか若干怖くなってきた。


「はああああ~……」


もう溜息しかでない。


「お嬢様!!」


荷物を手に、父の執務室に向かおうとした所で声がかかった。

見ると白髪、白髭に片眼鏡の執事、セバスがシルヴィの姿を見つけ駆け寄ってくるところだった。


自慢ではないが、使用人と言える人はこのセバス一人だけ。

侍女もいなければコックもいない。

近年までは侍女は一人いたが、その人も辞めてしまった。


セバスもこの屋敷に縛られることはないと言っているのだが、辞めないでいてくれる唯一の使用人。

いくらあるかないか分からない給料でも、自給自足の生活を強いられても居残ってくれている。


そして、なにを隠そうこのセバスの片眼鏡はシルヴィの初任給でプレゼントしたもの。

老眼が酷くなっても眼鏡を買う暇もお金もないセバスを不憫に思って、感謝の気持ちと共に贈ったのだ。


「セバス!!相変わらず眼鏡がよく似合ってるわ!!」

「はははっ、お嬢様から頂いた大切な物ですから大事に扱わせて頂いておりますよ」


優しく微笑むセバスにシルヴィもつられて笑顔になる。


「父様は?」

「旦那様は執務室におられますよ」


シルヴィの荷物を持ちながらセバスが教えてくれた。

執務室なんて大層な名がついているが、執務するほどの領地も残っていないし、あるのは借用書ばかり。


「……いい加減諦めて爵位返上すればいいのに……」

「そう思うのも仕方ありませんね」


思わず出た言葉にセバスは困ったように眉を下げて笑った。


「旦那様、お嬢様がお帰りなられました」


執務室の前で声をかけると「入れ」と一言返ってきた。

セバスが開けてくれた扉を入ると、机に肘を着いて俯いている父の姿があった。


シルヴィは「おや?」とその雰囲気がおかしい事に気がついた。


見合いをするからと呼び出しておいて項垂れているなんてどう考えてもおかしい。

普通なら「よく帰ってきてくれた!!」って喜ぶところじゃないのか?


「父様、ただいま戻りました」

「ああ、シルヴィ……よく戻ってきてくれたね」


ゆっくり顔を上げた父の姿は何処かやつれた様な感じがした。

これは何かある。そう察した。


「実はね……」


暗い声で話し始める父の話しによれば、次の返済が出来なければ残っている領地を没収されてしまうとのこと。そうなれば事実上の破産。没落となる。


領地と呼んではいるものの、本当に辺境にあって人も住んでいない過疎地。

そんな場所でも森林だけは豊かで、木々や獣の肉で少しばかりの収入源となっていた。


(まあ、そこを取られたらうちに残るものは何もないしね)


呑気にそんな事を考えていると、ガシッと手を握られた。


「だからね、今回のお見合いには我が家の全てがかかってるって思って!!」

「ええ~~~~……」



◈◈◈




あれよあれよとお見合い当日──


父の押し切れぬ熱意を頭の片隅に追いやり、指定された場所に向かったシルヴィ。


一応相手の姿絵は見せて貰えたが、拍子抜けするほど普通な人だった。

てっきり醜悪な人か、前妻に先立たれた高齢な人だと思っていた。

どうも一代で財を築いた敏腕な商人の男性らしく、引く手も数多と聞いたのだが、そんな人が何故私に!?とシルヴィは更に困惑していた。


まあ、向こうがいいなら良いけど。程度に考えていたシルヴィの元に相手らしき男性が声をかけてきた。


「すんません。遅うなってしもうて……」


声がした方を振り返り、顔を見て驚いた。


見た目は眩しいくらい華やかだが、確かに絵姿の男だった。

見た目云々よりも、シルヴィには気になる事が一つある。


「え、な、なんで、眼鏡……!?」


人を指さすなと良く言うが、これは指さずにはいられない。


「ん?……ああ、僕、目が悪うて、よう見えんのよ。絵姿に無かったんは見た目が悪うなる言うて外してん。騙し討ちみたいな事して堪忍な」


申し訳なさそうに笑うが、その姿は神々しい。


(騙し討ちなんて……むしろサプライズです!!)


拝みたい所をグッと堪えた私は偉い!!


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