第31話 先生の答弁ペーパー

 衆議院第一議員会館。

カラスが一羽、国会議事堂に向かって飛んで行く。


中尾事務所応接室である。

テーブルの上に数枚のペーパーが散らばっている。

昨日、植松からレクチャーされた『答弁書』である。

中尾先生が鼻クソをホジリながら、もう直ぐ始まる『予算委員会・答弁書』を見ている。


 答弁書(11時45分~)

 「11時45分から立憲民主党・大塚政晴先生の質疑に入る(持ち時間は15分)。大塚先生から緊急動議の発動がある。浅生財務大臣の特殊法人からの三千万円不正献金の疑惑に変わる。最初、大塚先生は浅尾大臣に質問を投げ掛ける。浅生大臣は答弁席に進み「記憶に無い」と言う。そこで、野党から一斉に怒号が起こる。大塚先生は財務省と特殊法人との関係、天下りの人数等を浅生大臣に質問。大臣はそれに答えず、財務省の大石蔵元氏が代わって答る。大塚先生は納得せず、さらに石田総理大臣に質問の矛先(ホコサキ)を変える。そこで、財務の『副大臣中尾先生』が割って入り、代わって答弁を始める(異例)」


 -答弁の流れ-

「総理に代わってこの中尾がお答えします」(野党のヤジが) まず、野党に向かってワンテンポ遅らせ、大塚先生を見てニッと笑う。(野党の怒号) 

そして、ゆっくりと話はじめる。(時間をかせぐ事)。

中尾先生が聞き返す。

『立憲さんは献金はどちらから頂(イタダ)いておりますか?』

大塚先生が「質問に答えてない」と怒る。

中尾先生は気にしない。そして、中尾先生が「立憲さんのS氏が総理の帰国の際、株でイタク懐(フトコロ)を肥やしたと漏れ聞きおよびます」(怒号とヤジ) 

大塚先生が「まったく質問に答えて無い。言いがかりである」(怒る)

中尾先生は「ニッコリと笑う」そして答える。

*『私の方で立憲さんの、株で儲けた先生方のお名前を調べましょうか?』

大塚先生は「ダメダメダメ! そう云う事を質問してるのではない。話をはぐらかさないで下さい! 浅生さんに代わりなさい」(野党から怒号とヤジ)

中尾先生は(時間を稼ぐ)。議長が鎮める。審議が一時中断。午前中の審議は終わり。

中尾先生は(落ち着いて、野党のヤジは聞き流す事)発言は十分以内の持ち時間となります」


 先生は机上の受話器を取り短縮ボタンを押す。


 「もしもし、植松くん?」

 「はい・・・」

 「中尾だけどね。今回はペーパーを見ないで答弁するからね。総理のあのペーパーの評判は非常に良くない。大体、あれは国民(視聴者)に不信感を抱だかせる。地元でも今日は大勢の支援者がテレビを見てる」

 「いや先生! 今回は是非、そのペーパーを読んで下さい。先生が脱線すると、また混乱を招きかねません。それに、午後一(ゴゴイチ)で総理の答弁が始まります。あまり余韻を残しては困るんです」

 「固い事言うな。安心して見てなさい。昔とは違う」


植松は心配そうに、


 「大丈夫かなあ~」


先生が話題を変える。


 「それから、僕の前に主計局の大石が答えるよねえ」

 「はい」

 「アイツ、一昨日(オトツイ)立憲の連中と笑いながら話してたぞ」


植松は惚(トボケ)けて、


 「そうですか」

 「何でそんな連中と話してるんだ」

 「いろいろ有るんでしょ」

 「いろいろ? イロイロねえ。大石もタヌキだからなあ~。ハハハハ」


と、そこに応接室のドアーをノックする音が。


 「うん? おお、客が来た。また答弁が済んだら電話するよ」


植松の心配そうな声が。


 「上手くやって下さいよ。一応、私も付きますけど」

 「付かなくて良いよ」


先生が受話器を置く。

高木がドアーを開け、


 「失礼します。先生、一番にお電話が入っております」

 「お、そう」 


先生は机上の受話器を取る。

優しい声で、


 「はい、中尾です」

 「あ、先生ですか。今日は宜しくお願いします」

 「失礼ですが、どちら様でご座いましょうか?」

 「大石です」


先生は大声で、わざとらしく。


 「アラ~、誰かと思ったあ。総理の秘書官と声がそっくりだ。ハハハハ」


 財務省主計局である。


大石(大石蔵造)が机の引き出しの中を整理しながら、


 「ハハハハ、先(セン)だっては老酒まで頂戴(チヨウダイ)して」

 「ラオチュウ? 私じゃないんじゃない?」

 「ハハハハ。まあ、それはそれとして、何しろあんな所に呼ばれる事はめったにないもんですから」

 「何を冗談言ってんの。先輩のくせに。私は台本通りにやるから大丈夫! ハハハハ」

 「宜しくお願いします。ところで、先生。お父さんはお元気ですか?」

 「おお? オヤジをご存知なの?」

 「何を言ってるん・で・す・か。先生の選挙区は私の地元ですよ」

 「アラ~、燈台元暗しとはこの事を言うんだねえ。アンタも群馬だったの。あとでうちの秘書にご挨拶に行かせなくっちゃ」 

 「ああ、武智さんはよくお見えになりますよ」


先生はわざとらしく驚き、


 「えッ! そうなの? また無理なお願いをしてんじゃないの。彼は遠慮と云うモノを知らない男だから・・・」

 「いえいえ。いろいろ良いお話を聞かせてもらってます。これからも宜しくお願いします」

 「何言ってるの。こちらこそじゃないの。ハハハハ」

 「じゃ、すいません。後ほど、本会議場で!」

 「そうね。頑張りましょう。ハハハハ。じゃ、どう~ぞ」


先生はそっと受話器を置く。

ソファーに座り直し、独り言をいう。


 「アイツも役者だなあ」

                          つづく

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