第16話 政治哲学?
午後からの挨拶廻りは、まず初めに川場村メモリアルホールから。
『山田トク告別式会場』である。
入口を隔て両サイドに大きな花輪が立ち並ぶ。
車内で先生が喪服に着替え、黒ネクタイを締めながら「ひとり言」を。
「・・・あの婆さん少し逝(イ)くのが早過ぎた・・・」
伴がルームミラーを覗いて。
「ハ?」
「姉(ネエ)さんを残して先に逝きやがった」
「アノ~」
「うん?」
「姉さんは、お幾(イク)つでしょうか」
「九九歳の双子だ。来月で二人合わせてもうすぐ二百!」
伴は驚いて、
「エ〜ッ! それは残念ですねえ」
「あと一ヶ月生き延びてくれたら、この町も私と一緒に全国紙に載ったのに。あの生還病院のバカ院長が・・・。俺だったら身体中にチューブを付けてでも心臓だけは動かしておく」
「そうですねえ。何とか生還しませんかねえ」
「うん? うん。よし! 行くぞ」
「ハイ!」
伴は運転席から後部ドアーの開閉ボタンを押す。
先生は車から降りてホールに急ぐ。
伴は車を駐車場に廻す。
会場では坊さんが二人、経を読誦(ドクショウ)している。
司会者が、
「それでは御親戚の方からご焼香をお願いします」
親類縁者の焼香が終わる。
「それではお席の順番に、ご焼香をお願がいします」
先生がまず粛々と段上に。
親戚縁者達が折りたたみ椅子に座りながら深々と頭を下げる。
遺影にうやうやしく一礼し焼香を済ませる先生。
伴は参列者に慇懃に「中尾博康の名刺」を配っている。
先生は伴の後ろを通り、手の甲で伴の尻(シリ)を叩く。
「アッ! ハイ」
急いで先生の後を追う伴。
伴が駆け足でホールから出て駐車場へ向かう。
先生は歩走りにホールから出て来て玄関に立つ。
伴が玄関に車を着ける。
ドアーが開き、車に乗りながら一言。
「もたもたするな、バカ者!」
「ハイ! 勉強になります」
先生は後部座席でネクタイを外しながら、
「何であんな男と名刺交換なんかしてるんだ」
「エッ? あんな男?」
「あれは共産党の秘書だぞ。君と廻るとワタシの名前がドンドン地に落ちて行く」
「すいません。気が付きませんで」
「キガツキマセン? オマエは便覧を見てないのか」
「ア、いや、アノ~、まあ・・・」
「何だ! その答え方は」
「ハイ!」
「バカ者が・・・。アンタ、名刺を渡した人の名前と特徴をキチット覚えてるだろうね」
「ハイ! 名刺を交換したら直ぐに、日にちと顔の特徴をメモっております」
「?・・・そうね。君の様な将来有望な青年は一日に最低三十枚はワタシの名刺を配りなさい。一ヶ月で九百枚、一年で一万と八百枚! 三年やってみなさい。石の上にも三年! 人脈は無数に広がって行く。いいね。大いにワタシの名刺を利用しなさい。そうすれば、君も将来晴れてこの檜舞台で活躍が出来る!」
先生は後部座席を叩き、力説する。
「ハイ! 大いに勉強になります」
つづく
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