第11話 中尾先生の自宅

 公用車の車内。

伴がハンドルを握っている。

後ろの座席から、


 「伴くん、そこの十字路を右に曲がりなさい」

 「右ですか? 間に合いますか」


先生は伴のその対応に『一言』、


 「時間はアナタが決めるんじゃないからね」

 「あ、ハイ! すいません」

 「スイマセン?」


後部座席から伴を睨む先生。

車内に一瞬、緊張が走る。

伴はそっとルームミラーで先生を見て、


 「いえ、ハイ!」

 「そこのタバコ屋の隣に停めなさい」

 「あの、駐禁です。・・・けれど」

 「バカ者ッ!」

 「ハイ!」


伴が車を停める。

後部ドアーを開けようと、運転席のボタンに触れる。

と、先生は自分でドアーロックを解除してサッサと出て行く。

伴は車から出て急いで先生を追いかける。


 『旧家』が見えて来る・・・。

先生の実家である。

門を跨ぎ、広い庭を足早に家に急ぐ先生。

それを追いかける伴 憲護。


縁側(エンガワ)に座って、ボーっと盆栽を見ている老人。

中尾博文(先生の祖父・元市長)である。

家の奥から女性の声。

中尾文子(先生の妻・交通安全協会副会)である。


 「お父さん! お茶が入りましたよ」

 「うん? もう昼か・・・」

 「お父さん、さっき朝ご飯食べたばかりでしよう」

 「うん? あれは昼メシだぞ。で、・・・今日の会議は何時からだ?」


奇妙な会話であった。

博文の痴呆もだいぶ進んでいる様である。

先生は博文の隣りに座る。

伴は博文の傍に走り寄り、名刺をそっと両手で差し出す。

控えめな声で、


 「お世話になります」


先生がソレを見て叱咤(シッタ)。


 「やめなさい! 名刺がもったない」

 「あッ、失礼しました」


伴は名刺を名刺入れに仕舞い急いで車に走ると先生が、


 「おい、何処(ドコ)に行くッ!」

 「ハイ、違う物を」

 「チガウモノ? バカ! チョロチョロするな」

 「あ、ハイ!」


伴は先生の傍に戻って、ハンカチで額の汗を拭く。


 「すいません。何か?」

 「なにか? 君はこの空気が読めんのかね。ここはオレの家だ」

 「えッ!? あ、失礼しました」


文子がお茶とコーヒーを盆に載せ、奥の台所から出て来る。


 「あら、一つ足りないわ。え~と、お茶かしらコーヒーかしら?」

 「いらない! もったいない」

 「いいじゃないの~、一杯ぐらい」


伴を見て、


 「ね~、ケチなんだから」


文子は伴の顔をマジマジと見て、


 「あら~、チョットー。良い男! 私と婦人部を廻ってもらおうかしら」


先生がキツイ一言。


 「ダメだ。東京から呼んだ秘書だ」


伴は改まって、


 「あ、初めまして! 伴 憲護と申します」


膨(フク)らんだスーツのポケットからまた名刺入れ取り出して、一枚差し出す。

文子はその名刺を見て、


 「いらないわよ、そんなモノ。あら? 青木さんは」


中尾先生は縁側に並ぶ盆栽を一つ取って、遠目で眺め、


 「アイツは運転中、痔が再発した」

 「あら、青木さんて痔ヌシだったの。運転なんかさせて可哀想にぃ〜」


先生は博文の耳元に大声で、


 「お父さーん! 町内のゲートボールは何時からだっけー」


博文が驚いて、


「うるさいぞ」


博文は先生を睨(ニラ)む。


 「文子さん。私の今日の行動予定表を持って来てちょうだい」

 「お父さんの座布団の隣に置いて有ります」

 「おお、有った。バカだね~。ハハハ」


先生はまどろっこしい博文の手から行動表を取り上げる。


 「見せて下さい!」


先生が伴に行動表を渡す。


 「全部覚えて私の予定表に追加しなさい」

 「えッ! あ、ハイ・・・」

 「よしッ、行くぞ!」


先生はさっさと車に向かう。

伴が急いで先生の後を追う。

文子が伴の背中に、


 「ケンちゃ~ん、十九時から婦人部の総会。カラオケ庵ねー。予定表に書いといてよ~!」


伴が走りながら振り向き、


 「ハ~イ! お世話になりま~す」

                          つづく

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