第117話 学校に行こう

 貴族のアラムの生活はいい暮らしだけど、いつまでもアラムのふりをしているのはいやだ。

 イーアは元の体に戻りたい。

 だけど、自然には元に戻りそうにないし、どうやったら元に戻るかなんて、イーアには見当もつかなかった。

 自力でダメなら、やることはひとつだ。他人を頼ろう。


(誰かたすけてくれないかな。そうだ、ガリならきっとどうすればいいかわかるはず。ガリに連絡とろう!)


 そう考えたイーアは、ある日、アラムのお母さまにお願いしてみた。


「お母さま。ボク、学校に行きたいです」


 グランドールの自分の部屋に忍びこめば、魔切手でガリに連絡ができる。グランドールにはユウリもいるから、学校に行きさえすれば、あとはどうにかなるはずだ。

 正規の入学試験はもう終わっている時期だけど、事情がある学生には、随時受けられる転入試験があると、イーアは昔聞いたことがあった。だから、その試験を受けてグランドールに入るつもりだった。


 アラムのお母さまはおっとりとたずねた。


「まぁ、アラム。家庭教師の先生に何か不満でも?」


 家庭教師の先生にとばっちりがいったら大変なので、イーアはあわてて言った。


「いいえ。そんなことは全然ありません。いい先生です。だけど、みんな学校に行っているので、ボクも学校に行きたいなぁって」


「たしかに、男の子は皆さん学校に行ってらっしゃるわね。アラムは体が弱いから心配ですけれど。でも、そうよね。わかりました。学校に行くための手続きをします」


 すんなり、アラムのお母さまは賛成してくれた。

 これで、ぜんぶ解決! 

 とイーアは思ったけれど、そう簡単にはいかなかった。


 1週間後、アラムのお母さまが学校の書類と制服の入った包みを持ってきてくれた。

 制服は、ローブのほかに、シャツとジャケットとスラックスがあって、それに、校章が見たことのないデザインのものだった。

 (あれ? グランドールの制服と校章、変更になったの?)と思いながら書類を見て、イーアは気が付いた。

 入学許可証にかかれていた学校名は、グランドールではなかった。


「帝国魔術学院ラグチェスター校!? あの、お母さま、グランドール魔術学校では……?」


「まぁ、アラムったら。グランドール魔術学校には誰も行きませんよ。ラグチェスターの方がよい学校ですから」


 アラムのお母さまがそう言ったのを聞いて、イーアは(そういえば、優秀な貴族の男の子はグランドールに入らないって、昔キャシーが言ってた……)と思い出した。

 だけど、このまま引き下がるわけにはいかない。


「でも、ボク、まだ入学試験を受けていません。だから、まだ入学は決まってませんよね?」


「決まってますよ。ほら、ここに入学許可証があるでしょう? 入学手続きもしておきました」


 たしかに、イーアの手の中に、帝国魔術学院ラグチェスター校の入学許可証がある。


「なんで? 試験も受けていないのに……」


「さぁ。入学をお願いしたら、認めてくださいましたよ」


 アラムのお母さまは、よくわかってなさそうに、のほほんと答えた。

 どうやら、アラムは面接すらなく、名前だけで入学許可が下りたらしい。

 (貴族の男の子、ずるい!)とイーアは思った。イーアはグランドールに入学するのにあんなに苦労したのに。


 結局、イーアはいったんグランドールに行くのはあきらめて、とりあえず帝国魔術学院ラグチェスター校に入学することにした。ずっとギルフレイ卿の館にいるよりは自由に動けるはずだから。


 ラグチェスターの場所はグランドールとは帝都を挟んで反対側にある。グランドールは帝都郊外のけっこう離れたところにあるけれど、ラグチェスターは比較的帝都に近いところにある。

 グランドールのような1000年以上前からある古城ではないものの、ラグチェスターの校舎も厳格そうな雰囲気がただよう古い建物だった。


 建物だけではなくて、名門男子校であるラグチェスターは、生徒たちにこっそり「ラグチェスター監獄」と呼ばれているほど、厳格な学校だった。

 グランドールよりも上下関係が厳しくて、服装や髪形の自由が少ない。

 生徒は貴族や名門魔導士の家系の男子生徒ばかり。

 授業の内容も少し違って、グランドールより魔導語の授業が多く内容も難しかった。


 魔導語はもともと、歴史上もっとも魔術が発達していたといわれるメラフィスの古代王国で使われていた言語だ。

 メラフィスの魔術である古代魔術を学ぶには魔導語が必須で、この学校では古代魔術の道に進む生徒がグランドールより多いから、魔導語の授業が厳しいらしい。


 入学前、イーアはうまくやっていけるかちょっと心配だった。ラグチェスターは男子校だから。

 アラムは男の子でも、その体を動かしているイーアは女の子なのだ。女っぽいと怪しまれるかもしれない。

 だけど、いざ入学してみると、意外とイーアはすんなりとけこめて、むしろ、「さすがアラム君は男らしいね」とか言われて微妙な気分になるくらいだった。

 それでも、(やっぱりグランドールのほうが好きだなー)とイーアは思ったけれど、イーアの目的は学校生活を楽しむことではないから、今はどうでもいい。


 問題は、どうやってここからガリに連絡をとるか。

 そう思っていたある日、校内に特別講義のポスターが張られているのに気が付いた。

 ポスターにはこう書かれていた。


「特別講義 精霊学 : 精霊の知識と経験において当代一といわれる大召喚士ゲオを講師に招き、世界の精霊について教えていただきます。誰でも参加できますので、この機会を逃さぬよう、積極的に参加してください。」


(ゲオ先生!)


 イーアにウェルグァンダルで補習をしてくれた、塔主補佐役のゲオだ。

 イーアは思いついた。


(そうだ。ゲオ先生にウェルグァンダルに連れて行ってもらおう!)

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