第22話 召喚術の授業2


 イーアは召喚道具に手を当て、呪文を唱えてコプタンを呼んだ。

 すぐにポンッと親指サイズの人型の子豚が飛び出してきた。

 マーカスはイーアの呼びだしたコプタンを見て、バカにしたように言った。


「俺のより、だいぶ小さいな。なーんだ。ウェルグァンダルの召喚士ってそんなものか? これなら、俺のほうがずっと優秀じゃないか」

 

 ところが、マーカスがそう言っている間に、ポンッ、ポンッ、ポンッと親指サイズのコプタンがさらに飛び出してきた。

 出てきたコプタン達は精霊語で口々にしゃべっていた。


『わーい。なんだなんだー?』

『なにここ、楽しそう』

『やっほーほいほい。巨人だー!』


 そして、ポンッポンッポンッポンッと、さらに、さらに、コプタンが出てきた。


『うわっ! 巨人がいっぱいいるぞ?』

『あそぼ、あそぼー!』

『みんなも来いよー!』


 あっという間に、教卓の周りが小さな小さな子豚みたいな小人だらけになってしまった。

 そして、イーアが呼んだたくさんのコプタンは、『巨人発見! 突撃ー!』とか言って、近くにいたマーカスにとびつきだした。


「うわ! なんだこいつら!」


 マーカスが叫んで、コプタン達を払おうとしたけど、コプタン達はマーカスのローブをどんどんのぼっていく。そして、頭の上にのって髪の毛をひっぱったり、耳にぶら下がったり、鼻の穴に頭をつっこもうとしたりした。


「やめろ! このブタども!」


 マーカスは顔にまとわりつくコプタンをむしりとっては、投げ飛ばした。

 でも、何十もいるコプタンは、投げ飛ばされても、全然平気で『わーいわーい』と楽しそうにまたマーカスにのぼりだす。


 クラスのみんなは、ひとりでコプタンと格闘しているマーカスの様子を見て笑っていた。

 特にオッペンは笑い転げながら、「見ろよ! マーカスの鼻から鼻毛みたいに豚が出てるぜ!」と大声で叫んでいた。


 一方、マーカスが呼びだした大きいコプタンは、教卓にずてんとねそべって、ねそべったまま、『やっちまえー。ドンドンドン』と歌っていた。


 イーアが呼んだコプタンたちの数匹も、教卓に座ってただ眺めていた。


『みんな元気だねー』

『鼻からコプタンー。ウケるー』

『でっかい巨人って、なんででっかいの?』


 といった感じでのんびりおしゃべりしながら。

 オレン先生は急いで教卓の前に立って言った。


「このように、同じ<召喚契約書>を使い同じ道具を使った召喚でも、呼ぶ者によって結果が全く変わる。さ、ふたりとも、早く召喚獣をかえしなさい」


 マーカスは召喚獣を帰還させる呪文『異界へかえれ、コプタン!』を唱えた。……呪文というより、そう精霊語で命令しているだけだけど、生徒達は呪文としておぼえている。


『おらよっと』


 マーカスが呼んだ大きなコプタンは、姿を消した。

 イーアも同じように『異界へ帰れ、コプタン!』と言った。

 何もしないで教卓の上から見物していた数匹のコプタンたちは、あくびをしながら『バイバーイ』とか『なにしにきたのぽくら?』とか言いながら消えた。

 だけど、ほとんどのコプタンたちは好き放題にマーカスの上で遊び続けていた。


 マーカスが顔を真っ赤にして、耳と鼻からコプタンが出てる変な顔で、イーアに怒鳴った。


「早くこいつらを消せよ!」


 イーアは困ってもう一度コプタンに呼びかけた。


『コプタン、もう帰って!』


 でも、コプタン達は、マーカスの頭の上で跳びはねたり、鼻からぶらさがって両手を振ったりしながら言った。


『やだよー!』

『楽しいから帰らないよ!』

『イエーイ! イエーイ!』


 コプタン達は、帰る気ゼロだった。コプタン達は、いまやマーカスの上だけじゃなくて、教室中を走り回っていた。みんなの机にのったり頭にのったり。

 イーアには、コプタン達のたのしそうな声があちこちから聞こえる。


『あそぼ! あそぼ! 巨人とあそぼー!』

『巨人のお姉さん、今度おれとお茶しない?』

『あはははー。楽しいなー』


 そして、クラスのみんなの叫び声が響いていた。

 もう教室中が大混乱だ。

 コプタン達は、オッペンがこっそり授業中に食べていたサンドイッチを奪って『エッサホイサ。巨大サンドイッチだー!』と担いで逃げていく。オッペンは「おれのサンドイッチ!」と叫んで、コプタンを追いかけようと机の上にのぼってずっこけて、色んなものをひっくり返していた。

 その前の列では、コプタンが一匹、アイシャの胸の中にすべりこもうとして、キャシーに捕まってぶん投げられていた。

 ユウリがコプタンにペンを盗まれながら、叫んだ。


「イーア、強制送還だ!」


「強制送還?」


 イーアがたずねかえすと、オレン先生があわてて言った。


「召喚獣を強制的に帰らせゲートを閉じる魔導語の呪文だ。<我、我が僕を返還し、異界の扉を閉じなむ。閉じよ霊界の門>」


 (そういえば、そんな呪文あったっけ)と思い出しながら、イーアはあわてて魔導語の長くて難しい呪文を唱えた。

 イーアが唱え終えると、とたんにコプタン達が召喚ゲートの中へ吸い込まれていった。

 『えーやだよー!』『これからだったのにぃー!』『まだ帰りたくないー!』とか文句を言いながら。


 数秒後、教室からコプタンは消えた。

 でも、教室の中がおさまるまでには、まだしばらく時間がかかり、そして、その間、マーカスは真っ赤に怒った顔でイーアを睨みつけていた。

 オレン先生はため息まじりに言った。


「これで、召喚者によって召喚結果が違うことはわかったね。ありがとう。ふたりとも。席に戻って」


 オレン先生がそう言って席に帰らせなかったら、マーカスがイーアにつかみかかりそうな雰囲気だった。


 イーアはそそくさと席に戻った。

 イーアは席に着くと(やっちゃったよ~!)と心の中で叫びながら、もう今日は存在感を消していようと決心した。

 ところが、そこで最前列のケイニスが手をあげて質問をした。


「先生。今の召喚結果の解説を聞きたいのですが。俺にはどちらの召喚も失敗に見えました」


 (もう忘れたいのに~。解説なんていらないよ!)とイーアは心の中で叫んだ。

 一方、マーカスはケイニスを睨みつけて、怒鳴るように言った。


「俺の召喚は成功した! 失敗したのは、あいつの召喚だけだ!」


 オレン先生は咳払いをした。


「うむ。解説をしよう。たしかに、マーカスはコプタンを呼び出した。1年生でコプタンを呼び出せるのはたいしたものだ。自信をもっていい。だが、ケイニスが言う通り、完ぺきな召喚ではなかった」


 オレン先生はそこで黒板にむかって、ちょっと板書をしながら説明した。


「まず、知っておくべきことは、コプタン族は小さい方がより活動的、つまりより優れたコプタンだということだ。マーカスが呼んだコプタンは、厳密にはデプタンというコプタンの下位種にあたる」


 そこで、「なーんだ。バリバリ失敗じゃねーか!」と、オッペンが大きな声でつぶやいたもんだから、マーカスが恐ろしい表情でイーアとオッペンのいる方を睨んだ。

 (オッペン、黙ってて!)とイーアは心の中で叫んだけど、オッペンはもう言っちゃった後なのでどうしようもない。

 オレン先生は解説を続けた。


「そして、コプタン族の召喚は、複数召喚が基本とされる。教科書的には、コプタンの召喚成功とは、体長10センチ以下のコプタンを3匹以上呼ぶことだ」


 オッペンがイーアの後ろの席で、また大きな声でつぶやいた。


「じゃ、イーアの召喚は成功だな。マーカスはデブいの一匹しか呼んでねぇもん。イーアの勝ちだ!」


 またマーカスがギロリとこっちの方を睨んだ。

 オッペンの声はクラス中に聞こえていたので、オレン先生はそこで咳払いをした。


「いや、イーアの召喚にも問題がある。召喚獣が言うことを聞かなかった。あれは、召喚獣の暴走と呼ばれ、一番危険な失敗だ。こうなった場合は、すぐに召喚獣を強制送還しないといけない。もしも危険な召喚獣を暴走させてしまえば、怪我人や死人すら出かねない。だが、いずれにせよ、さっきの召喚は勝負ではない。ふたりとも皆が召喚術を理解できるように協力してくれたのだ。さぁ、もう一度、ふたりに感謝をしよう」


 オレン先生にうながされ、みんなはイーアとマーカスを称えるように拍手をした。そして、授業は再開された。


 でも、その後の授業は、もう何もイーアの頭に入らなかった。

 イーアの頭の中はコプタンの暴走でいっぱいだった。だから、その日のイーアのノートは、「やっちゃったよ~」という文字と走り回るコプタンの絵だけになった。


 召喚術の授業が終わると、イーアはアイシャ達にさっそく、「さっきはごめんね。コプタンを暴走させちゃって」と謝ろうとした。

 でも、イーアが「さっき……」まで言ったところで、オッペンが後ろからイーアのローブを叩いた。

 オッペンはたのしそうに大声で言った。


「さっきの召喚最高だったぜ! さっすがイーアだな! あのマーカスの顔! おもいだしても笑えるぜ! 鼻から子豚!」


 オッペンはそう言いながら大笑いしている。

 おどろいたことに、キャシーも笑いをかみころしながら言った。


「オッペン、大声で言っちゃダメでしょ。でも、あれは、おかしかった。思い出すと、笑いが、とまらないっ」


 キャシーはこらえきれずに腹を抱えて笑っている。アイシャもにこにこしながら言った。


「今日の授業はおもしろかったねぇ。毎回イーアの召喚があると楽しいのにねぇー」


 どうやら、コプタンの起こしたハプニングを誰も気にしていない……というかみんな楽しんでいたみたいだ。

 マーカス以外は。

 マーカスだけは、本気で怒っていた。

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