第8話 大歓迎よ。
「優斗。ねぇ、優斗。そろそろ起きようか。8時だよ? 起こしてって言ってたでしょ?」
俺はどうやらあれからすぐに寝落ちしてしまったらしい。なんかとてつもなくデカい魚を逃がした気分だ。
気付けば俺は紫音の太ももにうつぶせで寝てた。
うつぶせで膝枕……今からでもおそくないような気がしてきた。
しかし、時間が時間だ。もう2時間以内に家族が帰宅してくる。
「おはよ、なんかごめん。膝で寝てたんだ俺」
「うん。いや、私がね先に目が覚めて、優斗寝ぼけてて『おいで』って言ったの。超素直で可愛かった(笑)」
どうしよう、まったく記憶にない。
それどころかすぐに起き上がってしまったので紫音の太ももの感覚さえない。
「どうしたの?」
「いや……なんかせっかく膝枕して貰ったのに覚えてないとか、もったいないなぁって」
「そうなの? じゃあ、もう一度する? 膝枕? なんちゃって(笑)って! 速っ! 優斗、秒だよ秒! コンマ何秒かの世界だったけど?」
「それは、仕方ない。紫音に膝枕なんて生きてるうちにもう一度あるとは限らないし。限りある今日を必死に生きる主義なんだ」
「えっと、それはご立派だけど、友達の彼女の太ももだからね?(笑)」
「それは暗に馴れ馴れしいと?(泣)」
「いや、からかっただけ(笑)優斗っておもしろいね。その……私意外に自己評価低めなトコあってね。その、膝枕うれしい?」
「うれしいか……どうかなぁ……」
「あっ、ごめん変なこと聞いて」
「そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「超うれしい、かな?」
「もう! もう! もう! 驚かせないでよ! 調子乗ってるみたいで恥ずかしいじゃない!」
俺たちはそんな風にベットの上でじゃれ合った。
「今日どうする、これから。ウチくる? 誰もいないけど」
「言ってたな。それより、お前こそ……お前はマズいか……」
「別にいいよ、お前で。でも、ふたりの時だけかな? 変なウワサされてお泊り出来なくなるのさみしいし」
「えっ?」
「なに、もう泊めてくれないの? やっぱし白鳥がいつも着てるんでしょ、週末に! あの娘と私、どっちが大事なの⁉(笑)」
「いや、笑えませんが? いや、実際来てないよ。知らないけどそういうの厳しいんじゃない、親が」
「そんな感じするね、わかんないけど。それはそうと、今晩ご両親は仕事なの?」
「仕事だけど……なんでって、何してるの俺のクローゼットに? まさかエロ本探し(震え)」
「違うけど、エロ本こんなとこ隠してるの? 不用心じゃない? 爽やかなのならいいけど、熟女なんちゃらとか出てきたらお母さんショックよ?」
「いや、誰がお母さんなの?(笑)それで、なんでクローゼットなの?」
「キャリーバッグ。隠そうかと」
「隠す……まさか、今夜も泊るの? 一応言っとくけど」
「うん」
「きのうは奇跡的にガマン出来ただけだからね? 勘違いしないでよね!」
「あっ、優斗! それツンデレってヤツ⁉ 優斗の小説のモフモフさんが言ってた!」
試した訳じゃないけど、ちゃんと読んでくれてるんだ……
なんか、感謝しかない。
俺の気持ちが伝わったのか紫音は恥ずかしそうに鼻に掛かる声で笑った。
甘えたような声だ。
そして紫音は照れ隠しをするかのように、大胆発言。
「ねぇ、じゃあ優斗。今夜泊ったら、奇跡は起きないの? その小説みたいに一線越えちゃうんだ、私たち(笑)」
「読んだの?」
「読んだよ! もう、なんか実際に起きた事とかと混じってるからさぁ! もう私混乱してるんですけど? もう朝から優斗の彼女気分でね、正直優斗のスマホチェックしちゃいそうな自分が怖い(震え)どっかで私が正妻で白鳥が浮気相手みたいな錯覚が……」
「その……よかったの、出来は?」
「最高でした……これからどうなるのか正直ドキドキ。でも、あれよねぇ……」
「なに?」
「いや、玄関上がる前に優斗ったら強引にキスしてたでしょ? 小説だけど。ああいうのなんか憧れる。なんていうのかなぁ、求められてる感じ? 小説の中の私、求められてるなぁ、いいなぁ~~みたいな? そういう恋がしたいです、うん。だからね?」
「だから?」
「今日も泊るの。いいでしょ、もうふたりはそういう関係なんだから!」
「いや、それは小説の話で……神楽坂にバレるとマズいだろ?」
「マズくないもん。なんでいつまでも元カレの顔色伺わないとなの? なんちゃって(笑)」
いや、本当になんちゃってなんだろうか。
だから! 目を閉じて唇を突き出すのやめなさい。
ホントにキスしたらどうすんの?
まったく。それより、これから行きたいところがあったんだ。準備しないと。
二時間後。
「はじめまして。私、優斗君のクラスメイトの水無月です。水無月紫音です!」
俺は急いで出掛ける事を諦めた。
準備したいことがあったからだ。その代わり母さんには朝、紫音が俺を迎えに来た感じにした。
泊ったけど別にやましいワケじゃない。小説の中だけで実際は何もしてない、それほどは。
「まぁ、可愛らしいお嬢さんね、優斗。新しい彼女さん? お母さん大歓迎よ?」
夜勤明け。母さんは看護師という大変な仕事をしていた。何度か、芽衣と会っているのだが、お察しの通り芽衣は母親ウケは望めない。
いや、彼女なりに愛想よくはしていたのだろうが、そんなの一朝一夕で出来るもんじゃない。
紫音みたいに爽やかな笑顔で挨拶なんて、不可能だ。
「お母さん、寝るけど上がれば?」
「いいよ、これから河川敷に行こうかと」
「そう? じゃあ、お昼いらないわね? 気を付けて。紫音ちゃん、また来てね」
二台ある俺のマウンテンバイクの一台に紫音はまたがり、母さんに手を振った。
母親的には百点だろう。母さんが見えなくなる信号で停まった時に照れながら言った。
「彼女さんだって~~」
どうやら、紫音は小説と現実の境目がはっきりしてないみたいだ。大丈夫だろうか。
あと、母さんは芽衣のことを「白鳥さん」としか呼ばない……
□□□作者より□□□
次回更新で第1章完結です。
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