深く昏い迷宮で救助隊が必要とされる理由 ~迷宮にすべてを奪われた僕が救助隊に入り、全てを取り戻すまでの物語~

ひのえ之灯

始まりの記憶

 体にまとわりつく霧は、粘度の高い液体の中にいるかのように動きを阻害する。


 冷たく、体の芯まで冷やすそれは暗がりの中に引きずり込もうとするようで、あまりにも異質で、あまりにも気持ちが悪かった。


 俺――シオン・ミグニッドは、そこが夢の中だとよく知っていた。それはそうだろう、なにせ早くに死んでしまった両親に代わり、俺を育てるお金を稼ぐために猟兵となった姉さんを失ってからの五年、毎日のように見ている夢なのだ。


 最悪な悪夢だがが、強制的に自分の情けなさと無力さを思い出させ、やるべきことを再認識させてくれる。そういう意味では役に立つが、果たしてそれが健全なのか。


 視界の全てを塗りつぶす黒い霧が、ある一点を中心に解けてわずかに視界が開けた。


 来るぞ、来るぞ。


 何千と繰り返した夢だ。飽きるほどに見た光景で、次に何が起きるかもはや思い出すまでもない。


 浮かび上がるのは姉さんの笑顔と、自分の声だった。


「姉さん、猟兵なんてやらなくていいよ! 俺も装具技師の弟子になってお金を稼いでるんだ。贅沢しなければ生活できるよ!」


 そうだそうだ、もっと言え!

 もっと必死になって姉さんを止めるんだ!


 弟と二人暮らすための生活費を少女一人が稼ぐのは容易くない。だからこそ危険な猟兵になった姉を助けたい、そう願っての言葉だが、どれほどもっと強く言えと願ってもありし日の光景は変わらない。


 姉さんは困ったように微笑むだけで、頷きはしなかった。


「大丈夫よ。父さんも母さんもいないのに、あなたを残して死んだりなんてしないわ。知ってた? 姉さん、すっごく才能があるんだって。迷宮でだって死んだりしないわ。それにもし死んだとしても、仲間が助けてくれるもの。安心して待ってていいわよ」


 一言一句空で言えるほど反芻した答えになっていない返答に、なぜ自分の意見を受け入れてくれないのかと涙を浮かべる。


昔の自分の情けなさに反吐が出そうだ。

泣いている暇があれば、足にすがりつけ。地面に頭をこすりつけろ。恥も外聞も投げ捨てて頼み込め。


 そうしていれば、もしかしたら、いまもまだ姉さんは優しい笑顔を向けてくれていたはずだ。


 しかしそんな俺の後悔の念を嘲笑あざわらうように、いつも通り姉さんは闇の中に消えていった。


 そうして、姉さんは帰ってこなかったのだ。

 ちくしょう、最悪だ。


 全部俺のせいだなんだ。

 俺が弱くて、子供で、姉さんを守れなかったから。


 最悪の気分とともに、俺の意識はすぅと浮かび上がった。

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