海魔の投槍
◆◆◆
「よーし! いくぜ野郎共!!」
「「「おおーーーーーーーー!」」」
日々の力仕事で鍛え上げたのであろうマッチョボディを見せつけるように、力こぶを盛り上げたおっちゃんによる野太い号令がかかる。
すると、一斉に若い男衆が泳ぎ出した。
その速度はすごいもので、泳ぎ上手の人間が出せるものとは全く異なる程に早い。マーメイドならではの下半身(※マーメイド的には尾、人間でいう足)から生まれる力強い泳ぎは、引き絞った弓から放たれた矢の如く、前方の大きな魚群に向かって突き進む。
「おお~!」
漁の手伝いとして参加したグラッドは、目の前で行われたマーメイド流の狩りを見送りながら感嘆の声を上げた。
「どうでいお客人! これが俺達流の狩りだぜぇ!!」
「さすが、としか言えないな。いつもこんな感じで魚を獲ってるのか?」
「だはははは! 時と場合にもよるがな! 今回の獲物は大きい魚の群れだから槍を使って直接仕留めているが、小さいサイズだと効率が悪いし何より的が小さくて狙いづれぇ! そういう時はでっけぇ網を使って囲い込んだ方がいい!!」
「なるほど、そうやって獲物によって使い分けると。……どっちにしても俺には向いてなさそうだ」
「おいおい、そんな弱腰の男にはウレイラはやれんぞ!? 今からでも遅くないから、鍛えろ鍛えろガハハハハ!!」
豪快に笑うおっちゃん――もとい、ウレイラの父親・ガハボラが、グラッドの背中をバシバシ叩く。
夢見る愛娘の「運命の王子さまと出会ったの!」発言を聞いた父は大分その冗談を鵜呑みにしており、グラッドを娘の婿候補として捉えているようだった。もちろんグラッド側は否定し続けているのだが、いまいち伝わっている感が薄い。
そんなガハボラは、グラッドにとっては接し易い相手だった。
豪快さも人の話も聞かなさも、どこか憎めない人の良さや若手が付き従う姿勢も、昔の仲間(隊長)を思い出させてくれる。
「マーメイドの足になる魔法があれば、負けないかもな」
「おうおう、そいつはイイな。帰ったら海のマジョ様に陳情してみるか!」
「まあ、とはいっても……人には適材適所ってものがあって、なっと」
若い衆達から逃げるために群れから離れた個体を見つけたグラッドが、手に持った槍を全身のバネを使って投擲する。マーメイドの感覚からしても命中させるには難しい距離があったのだが、その投槍は見事に獲物のど真ん中に命中していた。
「むぅ、いい腕だ!」
「腕っていうか、かけてもらった秘術のおかげだな。コイツがなきゃオレは海の中にいることすらできない」
「ぬはははは! 仮に秘術のおかげだとしても、その状態で狩りをするには相応の能力が必要だがな! ここだけの話だが、実は獲物を捕る事に関してはウレイラやマジョ様の方がずっと凄いのだ」
「は? ウレイラやマジョ様の方が??」
目の前にいる筋骨隆々のガハボラと、脳内イメージしたウレイラやアルサーを比べてみたグラッドだったが、どう考えても前者の方が狩りに適してるとしか思えない。
そんな不思議そうにしているグラッドの疑惑が伝わったのか。ガハボラは右手をあげて、狩りに参加していたマーメイドの一人に指示を飛ばした。
「おーい! このお客人に、アレを披露してやってくれるか!!」
指示を受けた若者の一人が、同じく右手を上げる。
彼は一旦狩場からぐんぐん離れていき、距離をとった。
「……助走?」
グラッドの呟きは当たっていた。
距離をとったのは助走をつけるためであり、若いマーメイドは真剣な眼差しで一際大きな赤い魚の姿を見据えると、一気に加速する。加速には全身の動き以外にも魔法の補助があるようで、発射装置でも使ったかのように一直線かつ高速で突き進んでいく。
その勢いのまま槍を突き刺すのか。
そんなグラッドの予想は、外れた。
「セエエエエエイ!!」
裂帛の気合いのこもった掛け声と同時に、若者が勢いを全く殺さずにトライデントをぶん投げる。瞬間、投擲された槍が青い光を放ち、水で満ちた空間をねじ切る極小の渦を生み出した。
「おおお!?」
投槍を中心に生み出された渦は、さらに勢いを増して狙った獲物を呑み込んでいく。数秒後に渦が収まると、一際大きなサイズだった赤い魚の心の臓――急所に槍が突き刺さっているのが見えた。
身体の真ん中に当てればよしと考えたグラッドの投槍とは一味違う。更に繊細かつ正確に、キレイに急所を射抜く見事な技だ。
「こりゃすごいな! あんな技は初めて見た!!」
「ガッハッハッハ!! そうだろそうだろ、アレは俺らの中でも一部のヤツしか使えねえ技でな。“海魔の投げ槍”っつうヤツよ!!」
「勢いよく投げた槍の勢いを魔法で増幅したのか?」
「まあそんなとこよ。一目でソレに気付くとは、いい目と勘を持ってるじゃねえか。ますます気に入った!」
「ところで、さっきの話ぶりからするとだ。ウレイラとアルサーは“海魔の投げ槍”が出来るってことになるよな」
「おうよ! 今のヤツよりとんでもねえ威力があるから、もっとでけぇ生物だってイチコロよ」
「なんとも頼りがいのある話だ」
「……つっても、アルサー様ならまだしもウレイラの奴はなぁ。威力はあっても制御がいまひとつだから危なっかしいってんで、許可がなきゃ使っちゃいけねえんだわ。……誰だって巻き添えでグサァとは逝きたくねえし」
最後の方でぼそりと付け加えられたものに、グラッドの背筋がぞわりと冷え込む。
もし調子に乗ったウレイラが“海魔の投槍”を披露したいと申し出た際には、上手く断ろう。誰にも内緒で不老不死の青年はそう決めた。
「よーしてめえら、どんどん獲っていけー! 近づいてる嵐でしばらく漁ができねぇ可能性もあるから、今のうちにガッツリ行くぞーー!!」
「「「「「おおーーーーー!!!」」」」」
威勢の良い声をあげて、マーメイド流の漁は続けられた。
グラッドも水中では不利でしかない人間の身でありながらそれなりの成果を上げつつ、マーメイド達を手伝っていく。
――しばらくして。
いい塩梅に獲物を確保できたので、街に引き上げるかどうか判断しても良い時間になった頃。
事件は、起きた。
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