先生と生徒
◆◆◆
「ねぇ、プリンスはさー」
「何度も言うが、俺は王子様じゃないぞ」
「いいじゃん、プリンスはプリンスで」
グラッドが使わせてもらっているウレイラ家の一室で荷物整理をしていると、興味津々で眺めていたウレイラが話しかけてきた。
「マジョ様とどんな話をしたの?」
「どうした急に」
「んー、なんかマジョ様ってば最近よく元気にしてるっていうか、グラッドと一緒にあっちこっち行ったりしてるじゃない? いつもだったら中々顔を見せない引きこもりなのに」
「そうなのか?」
海のマジョの正体がマーメイドの老婆ではないどころか、年をとらなくなった人間。しかもサンゴの街の住人達にとって母親のようなものだと教えられた。
そんな今のグラッドからすれば、ウレイラのアルサーに関する発言は意外といえば意外だった。
「そうよぉ。なんか普段から気だるげというかやる気が無さそうというか……用事が無い時はのんびりお茶飲んでるイメージよ」
「……それはウレイラがあの人の本質をあまり知らないだけなんじゃ?」
「んなことないって! これでもあたしはマジョ様に魔法を教えてもらってる人の中じゃ筋がイイ方で、人一倍修行をしてもらってるんだか――――うっ、思いだしたら吐きそう。スパルタ地獄が蘇ってきた……」
うえ~と吐きそうなモーションで舌を出してみせるウレイラに愛嬌があり過ぎて、グラッドは少しだけ吹きだした。
「そこまで厳しい先生には見えないけどな。……さてはウレイラお前、態度が不真面目だったり勉強をサボってたりしたんじゃないか?」
「し、してない……デスよ?」
つっかえた言葉ではなく、泳いでいる目が答えを物語っている。
だがグラッドはその未熟な誤魔化しを窘めることはしない。代わりに傍に立てかけておいた愛用の槍を持ち、ウレイラに手渡そうとしてきた。
「持ってみ」
「うん? この槍がどうかしっ重たぁ!!?」
見かけは多少凝った意匠が入っただけのシンプルな槍なのに、ウレイラはグラッドが片手で軽々持っていたソレを両手でも上手く支えきれない。なんとか気合を入れて持ち上げようとしたが、結局すぐに落としてしまった。
その槍は、何事もなかったかのように下で構えていたグラッドの手に収まる。
「どうだ?」
「何が“どうだ?”よ! めちゃくちゃ重いなら最初に言ってよね!!」
「そのめちゃくちゃ重いって感想は、ウレイラが槍を持ってみたからわかったことだよな」
「だから?」
「俺に槍を教えてくれた人の一人が言ってたんだけどさ。見かけだけじゃわからん事も多いって話さ。この槍は一見すると軽くて使いやすそうに見えただろ? でも実際にはウレイラが両手を使っても持てないぐらい重い。使いこなすのはもっと大変だ」
「でしょうね~」
「俺も最初はさ、なんだこの槍は! めっちゃ重いし振り回せねぇ、つかさっきからやらされてる訓練に何の意味があるんだバカヤローが!! みたいに思ったよ」
「ふふふっ、何それ。完全にぶーたれてるじゃない」
「だろ? 正直槍を教えてくれた人――隊長に対して文句たらたらよ。しかも他のヤツより俺に課せられた訓練量が多くて、マジで大変だった」
「プリンスかわいそー。その隊長って人に嫌われてたのね……」
「むしろ逆だったんだ」
あの日あの時を思い出すように、グラッドは天井を見上げた。
「すげえご機嫌に無茶ぶりしてきたからな、あの人。えーと、つまりアレだ。厳しくしてきたのは俺に槍がどんなもので、その扱い方をちゃんと教え込もうという愛情の裏返しみたいなものだったっつー話で」
「……なにそれ。グラッドは、マジョ様があたしを好きだからスパルタしてるって思ってるの?」
「大体そんな感じだな」
なにやら唸りながらウレイラが思考し始める。だが、すぐにボンッと破裂したかのように「んなああああ!」と叫び出してしまった。
「考えてみたけどそれってありがた迷惑だよね!? 教えるなら別にスパルタである必要なくない!? っていうか優しくして欲しいんだけど!!」
「俺もそう思う!」
ウレイラの憤慨に対して完全同意するグラッド。彼もまた、彼女と同じように考えたことがいくつもあったからこそである。
「でもな、後になってわかるもんだよ」
「何に!?」
「ああしてもらって良かったかもな、って」
――何気ない感想。そのはずだった。
グラッドは偶々そう感じただけで、ウレイラがそうなるとは限らない。
だというのに――――遠き日々を追想するような元騎士(プリンス)には、そうかもしれないと思わせるだけの重みが感じられた。
「その槍を教えてくれた人って有名な槍使いだったの?」
「皆には慕われてたな。有名かどうかはなんとも言えないが……偶にとはいえ投げるのがすごい上手い」
「槍なのに投げるのが上手いの???」
「投槍って言ってな。槍といえば突いて使う事が多いけど、弓矢が無い時なんかは投げて使ったりもするんだ」
「ふーん……マーメイドの戦士も槍は使うけど、極一部の人しか投げたりはしないわね」
「そもそも水中で投槍しても飛ばないんじゃないか?」
「ふふーん、そうでもないんだなーコレが。マーメイドの秘術と合わせると、ものすごい威力を発揮する一発になるのよ。扱いがとても難しいし、大失敗したら自分達が怪我しちゃうんだけど」
「へぇ、そりゃまた凄いんだかヤバイんだかわかんないな」
自分たちが怪我をする辺りの下りで、グラッドは少しだけ「何故?」と首を傾げたがそのうち聞く機会もあるかと深堀りはしなかった。
「投槍上手なグラッドの先生だったら、仲間が怪我しないように上手くやるんでしょうね」
「……いや、そうでもない」
「んん?」
「当たったら死ぬぐらいの威力でぶん投げるもんだから、みんな巻き添えにならないよう必死だった。本人はちゃんと敵を狙ってるっつってたけど、半分は誤魔化してるように感じたな」
「うわー…………」
「それでもあの人の教えが後々役立ったのは間違いない。投槍はともかく、繰り返し繰り返し学んだことは体に染みつく。いざという時に役立つのは、修練の賜物ってことだな」
不老不死になる前。
グラッドが騎士の一人として幾度も戦地へ赴いた際、敵を倒し身を守るために必要な動きの基礎にはやはり先達の教えが生きていた。あの厳しい修練が無ければ、早い段階で命を落としていた事だろう。
「…………なんか今のプリンス、物語のヒーローを導く人生の大先輩キャラみたい」
「生憎、これみよがしな髭も威厳もないけどな」
「生やしてみたら案外似合ったりして?
「ま、いつかは……な」
小さく呟きながらグラッドは再び荷造りに戻った。
旅に出るにあたって必要な物が欠けていないかチェックは必須。この街を出る日も近いのだ。
ウレイラは出発の準備をしているグラッドを尻目に、彼が先程話してくれた内容を反芻したり、今後について考えながら頬杖をつく。
「いざという時に役立つもの……かぁ」
世話になったマーメイドの少女が何やら考えているらしい内容のひとりごと。
グラッドはそれらを聞こえていない体で、またひとつ道具を荷袋に詰めた。
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