兄ダスカービルと妹ルビィの戯れ

 広いエントランスホールを通過して、一階を進んでいく。

 いくつかの扉をくぐり、燭台とシャンデリアに彩られた長い歩廊をただまっすぐに。


 ようやく突き当たった先に見えてきたのは、豪奢な模様の両扉だ。


 その前で待機していた門番が扉を開き、先導していた吸血鬼の少女が、中へ入るようオレを促した。


 この先が謁見の間だ。



「よくぞ参られた、不死身の騎士グラッドレイよ」


 絨毯がのびる先。

 部屋の中央奥にある上座から歓迎のお言葉を賜る。


 ドクロがあしらわれた玉座に腰かけている御方。この城の主たる吸血鬼の長は青年の姿をしていた。

 

 彼の名はダスカービル。


 人の生き血を糧とすることで長き時を生き、

 強大な力を振るう夜の支配者だ。


「どうした? もっとこちらまで来るがいい」


 窓から差し込む月明かりが、漆黒の衣に身を包むの姿を浮き上がらせる。

 高い背と一見華奢な身体にも関わらず、その雰囲気は強者のみが纏うもの。

 端正な顔立ちと整った金色の髪の組み合わせは妖しい程に美しい。


 並の人間ならば、あの紅い瞳に睨まれるだけで動けなくなってしまうかもしれない。

 

 そんな存在を前にしたオレが取った行動は、臣下の礼として膝をつきながら頭を垂れることだった。


「ダスカービル様。騎士グラッドレイ、この度の召喚に応じてこの地に推参いたしました」


「大義である。グラッドレイ」


 殊勝な態度がお気に召されたのか、なんとも満足気に頷く雰囲気を感じる。

 


「さあ、表を上げよ」


「…………その前にひとつ、よろしいでしょうか?」


 ちゃんとするなら、この顔を上げて相手の話を聴く場面だ。

 闇に紛れるように壁際で待機していた幹部級の吸血鬼達が緊張したのがわかる。


 だが、あえてオレは相手が望む流れを遮った。


「なんだ?」


 ダスカービルがちょっと不満そうにしている。

 だが、ココはオレから言わなければならない。



「このふざけたやり取り、いつまで続ける気なんだ?」



「………………ふっ。ふはははははは!」



 無礼な人間の態度に、王様怒り心頭――憐れ不死身の騎士は舐めきった態度により、身の毛もよだつ罰を――。


 などという展開は、無い。


「すまぬ。そなたがまったく似合わぬ受け応えをするものだから、つい興が乗ってしまった。それにしてもダスカービル様とは……これまでにそなたからそんな呼び方をされた事があったか?」

「何度かはあるだろ、多分」


「よせよせ、まったく似合わんぞ。グラッドは怖いもの知らずぐらいがちょうどよい」

「その怖いものしらずに対して、急いで来いと念押ししたその理由。是非ともダスカから訊きたいね」


 互いの愛称を呼び合いながらオレ達は笑いあった。

 周囲の臣下達の緊張感も霧散していく。中にはこっそり笑っている者さえいた。


 主従の関係など、もはやココにはない。

 ここに居るのは、対等な友人同士なのだから。


「さて、呼んだ理由なのだがな……。まず初めに」

「初めに?」


「すまぬ」

「なぜ謝った?」


「身内というものは可愛いものでな。そなたには苦労をかけるが、これも運命だと思って諦めてくれ」

「ちょっと待てコラ」


 なぜこっちを無視して話を進める?


「そなたらの想いが実を結んだ際には、一族総出で盛大に祝福してやるから安心するがいい」

「どこに安心できる要素が!? それじゃあ体のいい厄介ばら――」


「言いたいことがあれば本人に頼む。我はその結果何が起きようとも関知しないがな」


 ダスカが人の話を最後まで聞かずに言うや否や。こっちに向かって高速接近する物体――いや、人物を感知した。

 まさかソイツが立ち止まることなく飛び込んでくるとは思わなかったので、


「ぐふぅ!?」


 避ける間もなく強烈な突撃をくらって、床をゴロゴロと転がされてしまう。


「グラッド! ああ、愛しのグラッド!! ずっと、ずっとずっと会いたかった!!」


「痛っつ~……言いたいことは色々あるが元気そうでなにより……」


 柱にぶつけた後頭部を押さえながら、ヒシッとしがみつく体当たり少女へ目を向ける。

 貴族のパーティ会場でもお目にかかれなさそうな、レースとフリルたっぷりの華美な黒ドレス。その裾と、ダスカービルと同じ色合いの美しい長髪が共にふわふわと舞っていた。


 ダスカには、ルビィという名の妹がいる。


 彼女は将来は美人になるであろう予想はできても、まだまだ色恋沙汰には縁遠そうな子供の姿をしていた。

 印象としては無邪気にじゃれついてくる子犬だ。


 だが、正に今熱烈に抱きしめてくる少女は、そんなルビィよりも遥かに女らしい体つきをしている。


 その強い違和感に思わず口から、

 

「……誰?」


 後先考えない言葉が飛び出していた。


「グラッドひどい! ワタシを、ルビィを忘れちゃったの!?」


「いや、だって……えぇぇ?」


 悲しげな真紅の瞳でオレを見つめ、唇を尖らせる目の前の女の子が誰なのか。

 わかっているはずなのに、頭がそれをすぐに理解できない。


 十歳もいっていなかった子が、少し会わない内に結婚も可能な年齢に成長してればこうも感じるのだろうか。


「ふはははは! 許してやれ我が妹よ。どうやらあまりの別人ぶりにグラッドは心底驚いてしまっているようだ。それだけそなたが魅力的になったのだよ」

「……そうなの? そ、それなら許してあげても、いいけど……」


 勝手なフォローをする兄に、勝手に自己完結気味にもじもじする妹。

 変なところで兄妹っぽさを発揮する二人。


 つまり、やはり、目の前にいるのは……。


「……ルビィ?」

「さっきそう言ったのに!」


「待て、待ってくれ。……そうかアレだな。オレの時間間隔だと大して経ってないが、きっとこれが長い間生きてきた弊害というヤツで。実際にはあの小さかったルビィがこんなになるまで時間が経ってたと」


「どうしようお兄様。グラッドが妙なことを呟いてるわ」

「長旅で疲れているのだ。ここは我らなりに優しく接してやろうではないか」

「そうよね! それじゃあ早速」


 こほんと咳払いをひとつして。

 ルビィは、頬を赤らめながらとても優しそうな笑みを浮かべた。


「ここまでお疲れ様グラッド。ご飯にする? お風呂にする? そ、それともワタシの部屋で(もにょもにょ)」

「どこでそんな言い回しを覚えた!?」


 そんなツッコミが飛び出す程に、衝撃的な接待文句だ。


「どこって……人間たちの女性向け書物から?」

「我も目を通したが、やはり人間とは中々突飛な発想をするものだとアレで再認識したな」


 最低でも近隣国家の騎士団が総出で闘わないといけないような相手がこんな事をのたまう奇妙さ。

 この出来事を伝えても、誰も信じてはくれないだろう。


「あえて、さっきの選択肢から選ぶなら、食事がいい……」

「うむ。ではすぐに準備させるゆえ、先に食堂で待っているがいい」

 

 バサァ!とマントを翻した瞬間、ダスカが謁見の間から消えた。


「グラッド様。食堂は廊下へ出てから最初の十字路を右です。ごゆっ~くりいらしてくださいね」


 いつの間に傍に来ていたのか。ここまでオレを案内してくれた少女が、そう告げて退出していく。

 さっきまでその辺で待機していたダスカの臣下も、いつの間にか消えていた。


 残ったのはオレと、いまだオレから離れることなくスリスリしながらハートマークを飛ばし続けるルビィだけだ。


「ふふふ~、もうグラッドを離してあげないんだから!」

「…………なんなんだろうな、この状況は」



 これは簡単には帰してもらえそうにないかもしれない……。


 そんな予感を覚えながら、オレは言われたとおりゆ~っくりとひっつき虫のようなルビィと一緒に食堂へ向かうのだった。

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