35話「感情による力」

 ガタンガタンと揺れ動く馬車の中で斜めの角度で深く落ち込んで考え込む少年が一人居る。


 その少年は緑色のシャツとその中に薄めた青色の全身タイツがボロボロで豪華な空間とは場違いな服装を着ている。下半身にはグレーの半ズボンを履いた服装を着た髪色が茶色寄りで短く少しツンツンして逆立っている髪型をしている輪道新太。


(どうして…こうなった…)


 冷静さを失わずにこうなってしまった経緯を落ち着いて思い出す。


 闘技場決勝戦。思いがけない幕引きで終わりを迎えてしまったのだが、


 イニグランベ国の王。ルミノジータ・ウキメ・イニグランベという王女の目に適った活躍をしたため話を掛けられた。


「え?なんか…怖いんで遠慮します…」


「駄目だ。お前に拒否権は無い」


「いやいやいや!?俺なんにも出来てないよ!?凄さで言ったらドリオンとか…アイツとか魔法だって、こうドカーンと派手な技とか俺使えないし…」


「関係ないさ――。」


「あ、そっすか」


 そう冷たく笑う女性は薄紫色の髪色で束ねた髪を後頭部でまとめた髪型をして、こめかみ部分には煌びやかな髪飾りを付けている。そして胸元の上部分が開け、強調されている赤色の服装を着ていた。


 シュバァッッ!とその場から逃げ出そうと全力疾走をしようとした瞬間に襟元付近を掴まれて、ビィーンと新太は伸び切って呆気なく捕まってしまう。


「いや!ホント待って下さい!俺この世界の貴族社会とか興味ないん――うがががががっ!力強っ!!」


「クロイア」


「はい。なんでしょうか」


 白銀の鎧を着たオレンジ色の髪色で七三分けされトラッド風な髪型をした男性が膝を着いて話を伺う。


「後の進行は任せる。表彰式もな」


「…仰せのままに」


 引っ張られ続けて通路まで来る2人はジタバタと繰り広げている。


「いや待って!なんで俺を連れていくのか教えてくれません?てかどこに連れていかれるのかも知らないんですが」


「行く先は私達の城だ。お前に会わせたい者がいるんだ」


「?合わせたい人って誰――。」


「アラター!」


 新太の名を呼んでくる少女が近づいてくる。短いデニムパンツを身につけ、紺色の上着を羽織って黄色のカチューシャを身に付けた藍色髪をしたリオという少女が騎士団に追われていたことに驚きを隠せない。


「何やらかしたんだお前!?」


「いや~ほら私さっきの戦いの時にさ魔法を撃っちゃったじゃん?それでずっと追われてた…」


「じゃあお前終わるまでずっと逃げてたのかよ…逆にすげえな」


「やはりこの者はお前の友か?」


「ああ、うん。迷惑かけてすんません。でもコイツは弱い俺を奮い立たせる為にしてくれたんです!罰なら俺が受けるから許してやって欲しい!」


「アラタ…」


「そうか。ならば共に来てもらおうか」


「あ、クッソ。いい感じにして話題そらそうとしたのに。やらなきゃよかった!」


「ちょっと期待した私がバカだった!」


「王よ。どうされますか?彼女も連れていきますか?」


「いや。この者が罰を変わりに受けると申したのでな。彼女は無罪放免としよう」


「仰せのままに」


 そう命令すると騎士団達は一礼してこの場を去っていく。するとルミノジータ・ウキメ・イニグランベは懐をまさぐり始める。


 そして一枚の紙をリオに渡すと新太を引きずって進み始める。


「え?何ですかこれ?」


「もしかしてそれが王様に選ばれた人に贈られる商品ですか~?」


 通路の曲がり角から嬉々としながら話し掛けてくる。フードが付いたローブを着て可愛らしい容姿をしていて首までかかったピンク色の髪、そして頭部から獣耳が生えた中性的なカランという人物が笑顔でこっちに向かって来る。


(うわ~カランの営業スマイルかよ…王様でもするんだなコイツ)


 この可愛らしくする仕草はすべて演技であり、女の子らしい仕草をして相手を騙す。といった姑息な手を使う人物なのだ。


「君は一体誰だ?」


「あ、私はアラタさんの知り合いで~連れていかれてたので気になって来てみたんですが…お邪魔でしたか?」


「いや問題は無い。貴様の言う通りこれは上位3名に与えられる代物であり、王国の銀行に持っていけばその順位の賞金を貰えることになっている」


(あ~もしかしてまんま現金を渡してしまえば、他の奴らから狙われるリスクがあるから伏せてたのか。せっかく勝ち残ったのに奪われるなんて嫌だからな)


「貴様達にこれを渡しておこう。好きに使うといい。さあ時間が惜しいためこれにて失礼する」


「ちょままままっ!?襟元引っ張らないで!首がっ!グビガシマルウ!」


「会う事はもう無いだろう。貴様達はその切手で好きな物に使うが良い」


「えっ」


 会う事は無いと言われた瞬間に頭が真っ白になる新太とリオ。新太は必死に足に力を入れて踏ん張るが地面に跡が残るだけでズルズル引っ張られる。


「待って下さい!会えないってどういう意味なんですか!?」


「言葉通りの意味だが?会う事は無いと――。会うのがこれで最後になる。だがこれは別に関係を引き裂こうとしている訳ではない」


「いや。そういうことを聞いている訳じゃ――。」


「そんな!アラタさんは一体何かしたんですか?」


 カランはリオの言葉を遮って間に割って入る。感情が高ぶっていくリオを抑えながら話を聞いていく。


「いや。会わせたい人がいるのだ。この者ならその人を任せられると踏んだ」


(俺に会わせたい人?)


「そうなんですか…もし私達に何か用があるのなら南側のエリアの宿に居ます」


 ふとカランの視線が新太に一瞬だけ向けられた。何を伝えたかったのかをすぐに理解した新太は演技で諦めたフリをし始める。


「もう分かったよ。分かりましたよ!でも王様一つ言いたいことがあります。俺がその人を任せられる人間ではないってハッキリ断言出来ますからね」


「それは、誰にも分からないさ――。」






「うーわ。やっぱり超不安だ…」


 顔を手で抑えて小声で呟く新太。揺れている馬車の中で思い出していくこの一連にやはり不安が襲い掛かってくる。


「ところでアラタよ。お前は『激情化』というのを知っているか?」


「激情化?なんですかそれ?」


「先の戦いでお前達が成り掛けた状態だ。普段の知っている自分とはかけ離れた状態。それが激情化だ」


 ルミノジータ・ウキメ・イニグランベが言った『激情化』とは何なのか。先の戦いで成り掛けたと言っていたが、それはつまり転堂裕樹と戦った時に成ったのだろうか。


 しかし新太はあの戦いの終盤。記憶が無いのだ。正気に戻った時には手を止められていた。


 だがあの状態の裕樹は覚えている。このルミノジータ・ウキメ・イニグランベが言った『激情化』という物をさらに知りたくなってくる。


「その!激情化ってやつは、裕樹が成っていたやつなんですか?アレは一体何なんですか!?」


「本来生物が持っている物を犠牲にして得られる代償有りの力……さあ。そろそろ城に着くな。」


「えぇ?そんな説明じゃ分からないんですけども…」


 ガタ!っと馬車が揺れ、止まってしまう。ルミノジータ・ウキメ・イニグランベは馬車から降りていく。恐る恐る新太も足を外に踏み出して外の光景を見て少しだけ呆然としていた。


 目の前には城が建てられている。いるのだが、想像していた大きさではなく結婚式場に建てられている様な広さと建造物。


 そして整列された王国の騎士たちが並んで、その道の真ん中を堂々と歩くルミノジータ・ウキメ・イニグランベ。


 新太は肩身が狭いまま、ちょこちょこ怯えた小動物の様にルミノジータ・ウキメ・イニグランベの後ろを付いていく。


(国の中心には確かに大きな城があったけど、今俺が居るのは頂上だよな…そこにもう一つ小さな城。馬車の道中上へ上へと昇っていたから直通する道を通ってたのか…)


 先に進んでいくとルミノジータ・ウキメ・イニグランベが扉の取っ手に触れる。


「今からお前に人を会わせる。だが気をしっかり持って入ってくれ」


(こ、怖い人なのかな?今すぐ全力で逃げたい…)


 ギイィ…と開かれる扉。その先にはある程度揃った家具が一式設置されており、そして所々の壁に怪しく光る水晶が飾られている。その部屋の中央に大きなベッドの上に静かに座っている女性が一人、新太の方をずっと見つめている。


「初めまして。リンドウ・アラタさん。私はルミノジータ・イネリア・イニグランベと申します。私の事はイネリアとお呼びください。以後お見知りおきを」


 ベッドの上で丁寧に挨拶をしてくる女性ルミノジータ・イネリア・イニグランベは、白い寝巻の様な服。肩まで掛かった黄色い長い髪。口元にほくろが一つある大人びた雰囲気を持った小柄な女性が笑顔でベッドに座ったまま挨拶をしてくる。


(この人が会わせたい人?この人は王様のなんなんだ?)


 少し身構えつつ様子を伺おうとした矢先、クラッと倒れそうになる新太。なんとか踏みとどまり倒れずに済む。


(なん…だ?吐き気?いや違う…力が湧き上がってくる?)


 右手に魔力を込めようとすると溢れんばかりの魔力が右手に集まる。


「影響が出始めたようだな」


 そう言うとルミノジータ・ウキメ・イニグランベは前に立ち塞がる様に構えると、一瞬の光で折りたたまれた大きな旗が付いた棒状の物を手に取ると、旗をなびかせた途端に新太の状態が落ち着き始める。


「すみません。大丈夫でしょうか?ウキメ。速く彼を助けてあげて」


 イネリアに命令された彼女は新太の背中に触れると一気に呼吸が安定し始める。


「はぁ…はぁ…これは一体?」


「この方にはある症状があるんだ。人には魔力を留めておける許容量がそれぞれ存在するのだが、彼女は他の人と比較するとそれが少ないんだ」


「え?それって俺よりもですか?」


「その通りだ。だが問題なのはそこではない。その許容量が少ないのだが、その魔力回復速度が異常なのだ」


「異常?もしかして許容量が少ないのと関係が…」


「自身の許容量を超える魔力を体内に取り込んだ場合。魔力酔いを起こし平衡感覚を失ってしまう。そのため彼女は常に魔力を放出し状態を維持しているんだ」


「じゃあ俺がさっき気持ち悪くなったのは…放出された魔力を必要以上に取り込んだからってことか。それは治せないものなんですか?」


「それが可能なら私はここにはいないし、彼女は王として君臨しているさ」


「まあ、そうなの、か?」


「そのため彼女には王の責務を満足に全うすることが出来ない。それで私がここにいるのだよ。少し話が逸れ始めたな。話を戻そう」


 ルミノジータ・ウキメ・イニグランベは椅子に座って新太とイネリアに向かって本題を話し始める。


「リンドウ・アラタ。お前に頼み事がある。お前の時間を使ってイネリア様の――。」


「いや!もう言わなくても分かる。貴方のお願い事は…」


 小柄な少女で病気に近いものを持っていてベッドから動けない。そのため様々な生活に制限されている。そして自身がここに呼ばれた理由。


 これだけで導き出される答えとは――。


「あれでしょ。こちらの妹さんの面倒を見ろってことでしょ。気の毒だけどさそれは出来ない。俺にだってやらなきゃいけないことがあるんだ」


「……まあ大方合っているが、一つだけ勘違いしていることがある。この方は私の妹なのではない…私の姉に当たるお人だ」


「あれ?そうだったの?」


 思い返してみればルミノジータ・ウキメ・イニグランベの言動と行動はどれもイネリアに丁寧扱いをしていた。


「そうか。やはり答えは変わらんか」


 ルミノジータ・ウキメ・イニグランベは少し目を閉じて考え込む。そして立ち上がると新太の前に立つ。


「どうしても、答えが変わらんというのなら――力づくで」


 ルミノジータ・ウキメ・イニグランベの片手が目前まで迫ってくる。その際に放たれるプレッシャーが心臓を締め付けてくる。


「…ぅ。そうやって何でもかんでも相手を威圧すれば思い通りになると思うなよ…!」


 だが新太はこの逆境を臆しながらも跳ね返す。新太に伸ばされてくる手を逆に掴み返すと睨みつける。


「今はアンタに勝てなくてもこの世界で生きていくうちにお前よりも強くなってやるよ。その玉座でせいぜいふんぞり返ってろ!」


 ルミノジータ・ウキメ・イニグランベはまさかの返答に驚きつつも、目の前の少年から目が離せない。


 今はどんなに小さな牙でも、いずれかは自身の首元にまで届きうるかもしれない者が今目の前に現れた。


 それだけでも王にとっては大収穫だった。


「ウキメ。少し彼と話がしたいです。なのでその闘志は抑えてください」


 ヒリついた空気を「パン!」と手を叩いて終わらせるイネリア。内心ヒヤヒヤしていた新太はその場で息切れを起こしていた。


「では私は一度下がります。何かありましたら直ぐに」


(け、敬語使ってる…)


 先程まで自分に向けられていた態度はどこにいったのか。そうしてルミノジータ・ウキメ・イニグランベは出ていき新太とイネリアだけの2人きりになる。


「その~なんかすいませんでした!妹さんにあんな無礼を働いて!」


「別に構いません。寧ろウキメに向かってあんな発言を出来る一般な方は中々居ないので楽しめました」


(この人笑顔でとんでもないこと言ったな)


「アラタさんはどうして戦うのですか?」


「え。俺は俺の事を救ってくれた人を助けたい。ただそれだけなんです。そのためには必要な物とか力は身に付けていく。そのために参加したんです」


「至極単純な理由ですね。私は好きですよ?そういった理由は分かりやすくて…では強さを求める貴方に一つアドバイスを」


「アドバイス?てか俺の戦いをよく見れましたね?起きてたら辛いんじゃあ…」


「ああ。それは私の先にあるあの結晶。『映像結晶』で見ていました。あの闘技場にも設置していて記録結晶を通して見ていました」


(テレビであるライブみたいな感じか。)


「まあ少し映像に遅れはありますが暇つぶしには問題はありませんから。さあ話を戻しまして。感情をしっかりを持つことです。喜びや怒り。哀しみや楽しみ。その感情を戦いの中でもしっかりと持つことです」


「感情を…?」


「魔力には感情によって補正が掛かるという事は知っていますか?」


「補正?そんなのがあるんですか?」


「はい。喜びの感情によって掛かる補正は『防御力』。怒りの感情は『攻撃力』。哀しみの感情は『感知力』。楽しみの感情は『回復力』。大まかに分けられているのはこの4つなのです」


 感情によって起こる魔力の補正。それを聞いて真っ先に思ったのは転堂裕樹との一戦。本来生物が持っている物を犠牲にして得られる代償有りの力とはもしかすると――。


「一つ聞きたいことがある。激情化で犠牲になる物って、感情…なのか?」


「…もしかしてウキメから聞いたのですか?」


「ああ。あの時の戦いで俺が成り掛けていたって聞いた。そしてその激情化に入る条件っていうのは人の持つ感情が発動条件なのか?」


「……何と言えばいいのでしょうか。まだ分かってはいない事はあると思いますが…比較的入る可能性が高いのは、感情が限界まで昂った時に激情化の状態に入りやすくなるとは分かってはいます」


「じゃあ、その状態に近い場所で戦うことは可能なのか?それが出来るなら――。」


「強くなれる――。とでも言いたいのですか?」


 新太の言葉を遮って冷たく切り捨てられる様に言い放つイネリア。


「激情化によって自身の身に起こる犠牲。それは感情を失うのです。怒りながら哀しみ。楽しみ。喜ぶ。そうやって他の感情を失って、一つだけの感情を持って生涯を終えることになります」


「それはつまり、喜びで激情化が限界を超えた場合笑えなくなったり、喜べなくなったりするってことか?」


 イネリアは無言で頷いた。もしあの戦いで止められていなかったら自分はどうなっていたのだろうか。自分は笑えなくなってしまっていたのだろうか。


「説明をした上でもう一度聞きます。貴方はそれでもこの強さを求めたいと思いますか?」


「俺はそんな風にはなりたくはない。けど弱かったらこの世界では何も出来ない。なら、それが強くなる方法だったら、その力を従えてやる」


「…貴方はとても傲慢ですね」


「まあ、それが人間ですから。ちゃんとした理由があったら傲慢だろうが何だろうが…他人には迷惑をかけていないからさ」


「そうですか。うーん……どうやら貴方は私の手には収まらない人のようですね」


「それって?つまり?」


「はい。貴方の力が通用する限り旅を続けてください。健闘を祈っていますよ」


「おお!じゃあ俺もう行きます!友達を待たせちゃったらいけないんで!」


 まさかこんな形でこの状況を打破するとは思ってはいなかった。新太は急いで扉から出ていく。だが不思議に思ったのは出ていった際にルミノジータ・ウキメ・イニグランベの姿が居なかったこと。


 本当にここから出て行っても大丈夫なのだろうか。しかしあの人のためにもいつまでもここに居る訳にはいかない。


 足に魔力を込めて飛び上がり、空中を風の力で素早く移動しこの城から離れていく――。


 そして静かになった王室にルミノジータ・ウキメ・イニグランベが戻ってくる。


「姉様。彼は貴方の目に適わなかったのでしょうか?」


「そんなことはありませんでしたよ。ウキメ。ただ彼がどうこの世界で戦い、絶望と希望を感じて生きていくのか。それを知りたいんですよ」


「そうなのですか…。貴方も人が悪いです」


「しかし、無礼を働いたことは事実。彼が王国を出ていった際、彼を追跡して現実を教えて上げて下さい」


「……仰せの通りに」


 再び新太に暗雲走る――。



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