第20話
「はーいっ! こんばんはっ、僕はこのマンションの君たち12夫婦に対するコーディネーターの幸田ネイトでっす―――うっそでーす‼」
6時になったので集会場に集まっていたら、ものすごく胡散臭いおっさんが登壇した。
今日は初夏を思わせるような快晴の日だったけれど、夕方からはどんよりとした雪雲が立ち込めているようだ。
「みんなー明日から結婚シミュレーションが始まるんだよー! テンション上げていかないとぉ~ ほらほらそこのキミもイエーイ!」
「い……いえい?」
陽気なキャラクターな千春さえもドン引きしている。まあ、分からなくもない。
「なんだ。君たちはちょっとおとなしめな青年たちなんだね。ならば、僕もそれに合わせないとね。コーディネーターたるものこうでぃねいと、ね? うわっはははー」
「「「ははは……」」」
乾いた笑いがちらほら。
「こほん。冗談はさておき。今般このマンションに暮らすことになった12組の皆様のコーディネートを担当します
さっきまでの胡散臭さとは打って変わって真面目そうなおじさんに変わる。情緒大丈夫っすか?
「仮とはいえ、皆さんは明日より夫婦として約半年間過ごしていただくのですが、その中で、当然ですが初めてのことばかりに戸惑うことでしょう。そのような戸惑いに対し、我々のチームがお手伝いをします」
このコーディネーターのチームは、コーディネーター一人、プランナー二人、アドバイザー二人の五人体制だそうだ。
簡単に言うとコーディネーターさんは統括責任者で、プランナーさんは各疑似夫婦の結婚生活の計画立案を行い、アドバイザーさんはその計画に基づいて学生への助言や簡単な補助を行ってくれる方々となる。
「今までも学校の先生方や説明会での話、ウェブページでのQAなど見たり聞いたりしてきたかと思いますが、今回は具体的な結婚生活についての説明になります。では、この説明はプランナーの関口から――」
親元を離れて暮らすこと、他人とひとつ屋根の下で暮らす不安について、自由と身勝手の違いなど初っ端のふざけた調子とは真反対の真面目な話が聞けた。
実際昨夜は疲れていたので気を回すことがなかったけれど、今夜からは意識しながら千春と一つの部屋――寝るのは別にしても――で過ごすことになる。
そして明日からは疑似とはいえ夫婦となる。不安しかないとしか言いようがない。ただ何が不安なのかわからないのもまた不安だったりする。
他人と大して交わらず、飄々として冷めていて暗い男と思われがちだけど、俺だって不安に感じたり怖かったりと思うようなことはある。
一方で千春のことは嫌いではない。どちらかといえば思いの外好ましいとさえ思っている自分がいる。
けれどそれは愛だの恋だのっていうような甘ったるいものではなく、友情に近いものだと思っている。
そんな友人と生活を共にすることのなにが不安なのか理解が追いつかない。千春が女の子だからか? 単純に他人だからなのか。もうわからない。
俺は大切な人、大事な人はこれ以上この先はつくらないって決めてから人との付き合いも減らしたし、当然ながら恋人なんてものは欲しいとも思わなくなっていた。
大切なものが手から溢れて消えていくさまは恐怖以外無い。
俺はもうあの苦しみも悲しみも二度と味わうのは嫌だ。
これが不安を感じる原点なのかもしれない。違うかもしれない……。本当に自分自身理解できない。
千春は大切な人と呼ぶには付き合いも浅いし、彼女のこともさして知っているわけでもない。だからといって蔑ろにしていいとも思えない。
わからない。わからない。
「……き。……づき? どう……の」
肩を揺すられたことで意識が戻ってくる。
「結月。大丈夫? どうしたの、具合でも悪い?」
「あ、いや。大丈夫。ちょっと考えごとしてた」
「ほんとうに? ちょっと顔が青白いよ。体調が優れないなら、部屋に戻っていてもいいよ。話はウチだけで聞いておくから」
「ありがとう。でも本当に大丈夫。気にしてくれてありがとう」
「そっか。でも無理はしないでね」
もうこんなことは考えないで済むと思っていたのにな。
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