第18話

「どぅわっ‼ 寝坊した!」


「おはよっ! どした⁉ 慌てて」


「バイトあるのに寝坊した。やべ。ギリアウトっぽい。自転車じゃ間に合わないや」


「そなの? じゃ、パパが下に来ているからクルマで送ってもらおうよ。どこまで?」


「え? 隣町のカフェなんだけど……送ってくれる?」


「うん。しばらく実家を離れるから、最後ってわけじゃないけど今日は家族で過ごそう、なんてことになっているんだ」


 申し訳ないが、とても助かる。とりあえずバイト先に到着さえすれば、身だしなみを直す道具が置いてあるからなんとかなる。


「じゃ、着替えたら下に来てね。待ってるねー」


 のんきなのがムカつくけど、今はまじ助かるので文句が言えない……。

 仕舞わずに出しっぱなしになっていたTシャツとジーンズに着替えて、顔を洗って、歯磨きしている暇ないのでマウスウォッシュを30秒。


「お、おはようございます。なんか申し訳ございません」

「いいって、気にしないで。さて、どこ行けばいい?」


 今日はお父さんの機嫌がいいみたい。ムスッとしていない。


「えっと、隣町の駅前通りに『カフェめれんげ』っていうのがあるので、そこまでなんですが」

「あ、ああ。あそこね。わかるからもう大丈夫。15分くらいで着くよ」


 助かった! 15分か。やっぱクルマだと早いな。自転車じゃ30分以上かかるはず。


「ねぇ、結月ってめれんげでバイトしているの?」

「そうだよ」


「すごくない、そのお店。女子に大人気で予約だって簡単に取れないって言うじゃない?」

「んー、そうみたいだね。いつもいっぱいだよ」


 なんだ、千春も知っているのか。有名店だって聞いてはいたけど気にしたこと無いからよくわからないんだよな。本当に人気なのか。


「どうやってバイトに入ったの?」

「いや、うちの姉ちゃんの幼馴染がめれんげのマスターの娘なんだよ。で、その関係で姉ちゃんに無理やり、押し込まれたのがきっかけ」


「そうなんだ。ねぇ、今日席取れる? 4人」

「それは店に行ってみないとわからないけど、聞いてみるよ」


「やた! よろしくね」




「おはようございます」

「おはよう。珍しいね結月くんがギリギリなんて」


「はい。ちょっと寝坊しました」

「あ、結婚シミュレーション? 大変そうだね」


「まあなんとかやっていきますよ。で、ちょっとマスターにお願いなんですけど、今日の予約――」


 マスターに事情を話したら、席を確保してもらえた。送ってもらったのにお礼の一つもできないのは心苦しいからな。

 店員がたくさんいるこの店で男は俺とマスターだけなんで、結構マスターも俺に優しくしてくれるんだ。


 千春に連絡を入れたら、すぐに身支度を整える。

 学校から直で来ることもあるので、店の制服以外にも整髪料とかいろいろロッカーに入れてあった。


「よっしゃ。おっけーだね。なんとか間に合ってよかった」


「いらっしゃいませ。こちら、メニューとなっております。本日のおすすめは、木苺ジャムのパンケーキでございます」


「ゆ、ゆゆゆゆ、結月?」


「そうだけど?」


 この1~2時間で顔も忘れたのか? 疑似とはいえお前の夫なんだけど酷い奥さんじゃね?


「そんなわけないじゃない。ウチだってそこまで間抜けじゃないですよーだ。違うの。いつもとぜんぜん結月の格好が違いすぎてびっくりしただけ」


 上半身はレギュラーカラーのホワイトシャツに真っ赤なネクタイを締め、フォーマルな黒ベストを着ける。下半身は黒パンツにダークブラウンのソムリエエプロン。黒の革靴。

 馬子にも衣装と言われないようにいつもはぼさっとしている髪型もきちっとワックスで整えている。

 姉ちゃんの幼馴染でここのマスターの娘、詩音さんが絶対にメガネが似合うからつけろと言うので、勤務の時だけシルバーフレームの伊達メガネをかけている。かけさせられている。


「あらあら、ちーちゃん。そんなに結月くんのこと見つめちゃって、惚れ直したのかしら? うふふ」


「そっ、そんなんじゃないからっ」


 千春が真っ赤な顔して、お母さんに言い返している。お客様、店内では騒がないでいただきたく……。

 無言でお冷口にしている弟くんが癒やしだよ。

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