第18話 舵浦の言い分

 ヒナタは、舵浦の体から抜け出ようと試みたが、舵浦の体から離れられなかった。それだけ、舵浦という男は、伏在能力のセンスに長けているということなのだろう。だが、伏在能力のセンスということなら、外里誠司も劣っているとは思わない。外里誠司は、どうしても舵浦を懲らしめなければ、気が済まなかった。外里誠司は怒りに任せて、全力で自身の伏在能力を使った。そして、舵浦に言った。


「私を、出しなさい!」


 舵浦が、怖れで打ち震えるのが、分かった。舵浦は、外里誠司の怒りを……体の内側から感じている様子だった。


(……はい、すみませんでした。出します。)

 舵浦は、静かにそう言うと、ヒナタの体を離した。舵浦の体からヒナタが抜け出ると、舵浦は膝を突いて前に倒れた。


「なんで、俺は……意志が弱いんだッ! 折角のチャンスだったのに……、クソッ!」


 舵浦は、地面を叩いて悔しがるような仕草を見せている。外里誠司は、なんだコイツ……と思いながら、ちょうど舵浦がケツを向けていたので、体の内に溜まった怒りのままに、外里誠司は渾身の力を足に込めて、目の前のケツを思い切り蹴り上げた。


「この、腐れ外道がぁッ!」


 勢いで、舵浦は地面に突っ伏した。舵浦が、短い叫び声を上げる。

「アアッ!!」

 舵浦は、自身のケツを押さえながら、床に転がった。舵浦の目が、ヒナタの方を向いた。怯えているようでもあり、ハッとしたような表情でもあり……。ただ、舵浦の口が言った。

「ありがとうございます……。」


「バカか! このクソ犬がッ。」


 そんな舵浦を見て、ヒナタは吐き捨てるように言った。コイツは、本当に異常だと思った。修治が、ヒナタの傍にやって来る。


「ヒナタ、ちょっと……言い過ぎなんじゃないか?」


 少し引きつったような顔で、修治がヒナタに言う。確かに、人として……というか特に女子が、人前で見せていい言動ではなかった。それは、外里誠司も自分の言動を振り返ってみて、冷静に思った。


「わかってる。だけど、この人は本当に酷い人なんだよ。初めに会った時に、私のことを女だと思って襲おうとしてきたり、今だって私を体の中に閉じ込めようとしたんだよ。そんな人に、優しく対応なんてしていられないと思わない? 女の敵だよ。」

「えっ……、本当に?」


 ヒナタが正直に話すと、修治が心底驚いたような顔をして、舵浦の方を見る。真実を知らないというのは、怖いものである。それを、知っているのか知らないのかだけで、その人に対する印象が大きく違ってくるのだから――。こういうことになってしまったタイミングなので、その真実を修治にも話しておいた方が良いと、外里誠司が判断した結果だった。


「それは、ごめんなさい。悪いことをしたと、反省しています。」


「だから、ヒナタは舵浦さんに、厳しい態度を取ってたってこと?」

「そう。こういう男には、隙を見せたら駄目でしょう?」


 舵浦の言葉を聞いて、修治もそれが真実だと認識できたみたいだった。舵浦が、素直に謝ってきたのは意外だったが、ヒナタは修治に聞かれてそう答えた。


「そういうことだったのか、それならそういう態度になるのも、分かる気がする。」

「あの、内園さん。お願いがあります。」


 修治が、何とも言えない顔になる。そこに、舵浦がヒナタの足元に来て、土下座をした。


「これからも、俺の体を使ってもらえないでしょうか。」

「はっ? なんですか、気持ち悪い。」


「俺なら、内園さんの気持ちも受け止められます。役にも立てると思います。俺の伏在能力が使える能力だってことは、知ってますよね。」

「どうして、私があなたの体を使わないといけないんですか? 意味が分かりません。」


 修治がいるので、あまり強くは言えないが、ヒナタは舵浦のことを気持ち悪い奴だなと思いながら、言った。舵浦の言っていることが、全く理解できなかった。


「舵浦さん、今までヒナタに変なことをしておいて、それは無いんじゃないですか。勝手すぎるでしょう。」


「ちょっと、白石は黙っててもらえるかな。これは、俺と内園さんの話だから。白石と内園さんの関係を、邪魔するつもりもないから。俺は、二人の関係は応援してる。上手くいって欲しいと思ってる。」


 修治が第三者の立場から、まともなことを言って口を挟むと、舵浦は少し早口になって淡々と修治に言った。なんとなく矛盾したことを言っているようにも聞こえるが、舵浦は嘘をついている風でもなかった。


「そもそも、俺をこんな風にしたのは内園さんなんですよ。責任を取ってください。」

「いや、勝手なことを言わないでください。私が、あなたに何をしたって言うんですか。」


 ヒナタに向かって責任を取ってくださいと言うなんて、責任転嫁もいいところである。本当に卑劣な奴だなと、心の内で外里誠司は思った。舵浦は正座をしたまま、ヒナタを見上げて言う。


「内園さんに使ってもらうために、俺はこんな体になる覚悟までしたんですよ。そんな決断をするなんて、普通じゃないと思いませんか? 全ては内園さんが、俺にそうさせたんです。内薗さんは、自分の伏在能力を治癒能力だと思ってるかもしれませんけど、治癒能力なんかじゃありません。しかも、心の中は深過ぎる闇に包まれた、真っ黒ときている。俺からしたら、内園さんは魔王みたいなものです。そんなの見せられたら、普通じゃいられませんよ。恐怖するか、気が狂うか、従うかの、どれかしかないでしょう? 俺は、恐怖しながらも従うことにした。それだけです。」


 あまりにも、舵浦が突拍子もない発言をするので、どう反応したものかと外里誠司は困ってしまった。心の中に、深い闇がある? それがどうした――と、外里誠司は思った。


「何を、言ってるんですか? とても、心外なことを言われている気がするんですけど……。ちょっと、オカシイんじゃないですか。」


 この世界は、外里誠司がいた世界とは違っている。伏在能力なんてモノがあって、インサニティと呼ばれる者たちがいる。舵浦の理解不能な発言も、この世界のそういった要素によるものなのだろうかと、外里誠司は考えを巡らせてみた。


「オカシイのは、内園さんの方です。それ程の深い闇を心に抱えて、平然と生きていられる人なんて、普通はいませんよ。内薗さんこそ、異常です。そんな内園さんに当てられて、俺も普通じゃいられなくなったんです。だから、今後も俺を使ってください。」

「あ、ごめんなさい。仮に、そうだったとして、どうして私があなたを使うという話に、繋がるんですか?」


 この場での堂々巡りは避けたいので、外里誠司は相手の話を否定するのはやめた。なんなら、この訳の分からない話をすぐに終わらせたかった。


「それは、俺がまともでいるためです。内園さんの心の闇が、俺にこびり付いて離れないんです。俺の心の安定を図るには、その闇を抱えながらも平然としている内園さんと、近い距離で接するしかない。これは、俺からのお願いです。勝手なことを言っていると思われるかもしれませんが、協力すると思って……。人助けだってことなら、いいでしょう? 今回のことも、俺がいたから解決できたようなものじゃないですか。俺は、役に立つ男でしょう?」


 舵浦も頭を使っているのか、その必死さが伝わってきた。正直なところ、気持ち悪い奴だなと思ったが、とりあえず外里誠司は舵浦の話の流れに乗って、この話は終わらせることにした。犯人を放っておいたままだし、他にもやらなければならない事がある。


「舵浦さんの体を使うというか、近くで接してればいいというだけなんでしょう? それなら、多少は……。」

「ありがとうございます。」


 舵浦が、ヒナタの手を両手で掴んでくる。どういう状況だよ――と、外里誠司は思った。隣で修治も、複雑そうな面持ちでいた。

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