第13話 水族館デート

「修治は、私と水族館に行くことを、家族の人に言った?」

「言ったよ。どうして? ヒナタは、家族から何か言われたの? もしかして、反対でもされた?」

「そういうことじゃないんだけど。お弁当を作っていかないのか、とかは言われたかな。」

「なんだ、そんなことか。ヒナタは、料理できたっけ?」


 ヒナタが言うと、修治はそう言って笑った。修治との交際を、ヒナタの家族全員が応援していることは、伝えなかった。それによって、話がトントン拍子に進んでしまったりといった、ややこしくなる想像しかできなかった。


 一方で、修治の家族がヒナタのことをどう思っているのか、それは分からない。修治の両親は、実はヒナタではなく妹のウララの方が良いと思っている――なんて話も、あるかもしれない。ヒナタが記憶喪失ともなれば、尚更だ。


「料理は、多少は出来るけど……。」


 内園ヒナタが、どうだったのかは知らないが、外里誠司はいい大人なので料理くらいできる。修治は幼馴染みだからか、ヒナタの手料理が食べたい――なんて、バカなことは言い出さなかった。


 チケットを買って、水族館に入場すると、修治が手を握ってきた。ここでそう来たかと、ヒナタは思った。普通に若い女子なら、手を振りほどいて「やめて。」と言えそうだが、中身が外里誠司というおじさんのヒナタは、そう易々とは……それができなかった。


 そんな事をすれば、空気が悪くなるのは目に見えているし、同じ男の立場として修治が可哀想かなとか、いろいろ考えてしまうからだ。手を繋ぐのを許したことで、その先のキスも求めてくるような、図々しいことをしてきそうな相手だったら、防衛手段として手を振りほどくだろうが、修治がそんな軽い男ではないのは、今までの行動からも分かっている。


 こういう時に、どうしたらいいのか……外里誠司は頭を抱えたくなるくらい悩んだが、開き直って目の前の水族館を楽しむことにした。水族館のイベントは、光り物にスポットを当てたものだった。光り物と聞いて、すぐに思い浮かぶ青魚はもちろん、発光するクラゲも綺麗に見えるように展示されていた。


 青魚の方は、水槽の上から太陽光のような光が降り注いでいて、青魚の体の銀色の部分がキラキラしているように見えて、幻想的な雰囲気がして綺麗だった。クラゲの方は、水槽や周囲も暗くなっていて、闇夜にぼんやりと浮かんで見える提灯のような雰囲気の光が当てられていて、そちらもまた全く違った雰囲気で幻想的だった。魚自体は、外里誠司がいた世界の生物と、違いはないように見えた。


「海の中って人間は息も出来ないし、本当はこんな感じではないんだろうけど、海の世界に来たみたいで、日常を忘れるよね。」

「ヒナタは、前もそんなことを言ってたな。」

「え、そうなの?」

「ああ。だから水族館が好きだって、そう言ってた。」


 外里誠司自身は、水族館が好きだとは思っていないが、水族館が好きだというヒナタと、同じ気持ちになれているんだなと思って、少し嬉しい気分になった。静かな気持ちで、しばらく青魚の明るい水槽を眺めた後、クラゲの暗いエリアへ、修治とヒナタも移動した。


「クラゲって不思議だよね。生き物っていうより、風とか水みたいな自然が形になったみたいじゃない?」

「精霊みたいって言うんだろ? 記憶喪失になっても、同じこと言うんだな。」

「精霊……とまでは、言わないけど。みんな、似たようなことを思うってことなんじゃない?」

「俺は、思わないけど。言われたら、そうかな……くらいで。」


 外里誠司は、自分が思ったことを素直に言っただけだが、内園ヒナタも同じことを言っていたというのを聞いて、なんとなく不思議な感じがした。どこか似ているところがあるから、外里誠司は内園ヒナタから呼ばれたのか……。そんな風に、考えてみたりもした。


「こういう水中のクラゲの動きを見て、何か感じることが出来たら、伏在能力の鍛錬にも役立つかもよ。」

「え、ほんと?」


 ヒナタが適当に言うと、修治は真顔になって目の前のクラゲたちに、真っ直ぐな視線を向ける。水圧を受けて動くクラゲの動きは、どことなくバレエダンサーの手の動きにも似ている。バレエダンサーと言えば、鍛え抜かれたバランス感覚と、見せるための計算された動きで、人間離れしたことをやってのける。追及され鍛え上げられたプロの動きには、あんなにカッコイイものはないと、素人にも思わせる魅力がある。


「ほら、こんな感じ。」


 ヒナタは、繋いでいる修治の手を柔らかく持ち上げて、スッと下ろしてきた。その時に、少しだけ伏在能力も波のように修治の腕に流して見せた。


「全身に力を入れるんじゃないんだよ。」

「おぉ! もう一回やって。」


 ヒナタは、サービスでもう一回だけ、同じようにやってあげた。その後、修治は水中を漂うクラゲを下から横から、真剣に見ていた。ショップコーナーも、一応見た。水族館自体は、初めて来たわけではないのだろうが、ヒナタが覚えていないからということで、修治がクラゲのキーホルダーを二人分、お揃いで買ってくれた。


 そのまま帰ってきて、家の前で手を振って別れた。キーホルダーは、自分の持ち物を示すのにちょうどいいと外里誠司は思ったので、研究所に行く時に使っているカバンに付けた。


「お姉ちゃん、デートはどうだった?」

「普通に楽しかったよ。デートではないけどね。」

「楽しかったんでしょ。だったら、それはもうデートでしょ。」

「まあ、そういう意味ではデートかな。男女じゃなくても、デートはするからね。」


 ウララが、ヒナタに聞いた。それをデートと呼ぶかどうかなんてことは、外里誠司としてもどうでもよかった。デートと呼んだ後、特別な段階を踏んだかのように、関係を急速に進展させようと意識する人がいるから、それは困るということで気を付けているに過ぎない。楽しいデートだった、で終わるのならデートでもいい。


「手くらいは繋いだの?」

「手は、繋ぐけど。」

「キスは? もうしたの?」


 ウララは、二歳下の高校生である。そのウララが、キスはしたのかなんてことを、姉のヒナタに言ってくる。恋バナが、楽しい年頃なのかもしれない。


「そんなの、するわけないでしょ。」

「なんだ、つまんない。さっさとキスくらいすればいいのに。」


 ヒナタは、落ち着いた口調で答えた。それを聞いて、ウララが「キスくらい」と言う。他人とキスするのは、そんなに簡単なことではない。ただ唇を合わせるだけと考えれば、握手をするのと大差ないと、動作だけで見れば言えるかもしれないが、そこに気持ちが付いてくるのがキスというものである。


 だから、片方が無理やりするものでもない。ウェディングケーキを切る時に、「共同作業」と言うが、キスも二人の共同作業に他ならない。


「キスって、そんなに軽いものじゃないから。友達同士でも、冗談でキスしてたら、親密な関係みたいな気持ちになったり、変な気分になるでしょ。そういうことだから。」


 大人は、そういうことをちゃんと考えるものである。我ながら、良い例えをしたと外里誠司は思った。首を傾げながらも、ウララも考えている。こういうことを伝え教えるのが、大人の役割でもある。


 週明け、いつも通りに修治とヒナタは、研究所で授業を受けた。修治は医療機器系で、ヒナタは治療系だから、授業を受ける教室は別々である。その後、ヒナタは伏在能力のクラスもあって、修治はそれが終わるのを待っている。


「お待たせ。今日も、自分道場に行くの?」

「うん、行きたいとは思ってる。ヒナタは、嫌なの? 何か用事でもある?」

「用事はないけど、私は授業でも伏在能力の鍛錬をしたから。」

「ヒナタは、いいよな。そうやって、授業が受けられているんだから。俺は、自分で頑張っていても、なかなか上達しないのに。」


 そう言って、修治は恨めしそうな目を、ヒナタに向けてくる。ヒナタの記憶も、戻らないまま半年が経っている。何かのキッカケで、思い出すのを待つしかないということで、作間芳夫のところに通う頻度も減り、催眠療法も行わず、経過報告しかしていない。


「私のは、ヒーローになるためではなく、仕事に生かすためだから。修治が、ヒーローは目指さないって言うんだったら、手伝ってあげてもいいよ。」


 すでに半年が経っているのだから、記憶喪失だからという理由で一緒に行動する必要は、もうそろそろ無くなってきているかと、ヒナタとしては思っている。しかしながら、修治の方はというと、恋人になるかどうかという方面の気持ちがあるため、行動を変えるつもりは無さそうだった。


「ヒーローになるために、伏在能力が必要なんだろ。」


 修治はそう言って、ヒナタと手を繋いだ。舵浦とは、そのうち必ず顔を合わせることになるのだろうが、ヒナタは舵浦が送ってくるメッセージを無視し続けているため、自分道場に行くのは気が進まなかった。……面倒に思っていた。

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