第42話 あんたはそういう人だ
一時間後、予定通りストメリナは魔石鉱山へ辿り着く。
魔石鉱山の坑道の入り口には、黒いローブ姿の魔道士達が立っている。彼らは六角形模様のある黄色いバリアを、坑道の入り口を覆うように張っていた。
(やっぱり見張りがいるわね……)
ストメリナが目を細めると、彼女の側近達は次々に手を上げた。
「ストメリナ様、我々が始末します」
「あなた達じゃ無理よ。あいつら、たぶんエレメンタルマスターよ」
ありとあらゆる魔法を習得した魔道士を、エレメンタルマスターと呼ぶ。
魔石鉱山はいつ誰に狙われてもおかしくない場所だ。朱い魔石が発掘されたことも、他国に情報が回るのも時間の問題だろう。
そこは当然のように腕利きの魔道士達が守っていた。彼らが張っている六角形模様の黄色いバリアは難易度が高く、相当腕の立つ魔道士にしか使えなかった。
(ま、私の敵じゃないけど)
ストメリナは手のひらに魔力を込める。
丸くて淡い光が、彼女の手の上に浮かび上がった。その光の中心には、雪鈴草がある。特殊能力を使い、雪鈴草を魔力結晶化して体内に取り込み、ブルクハルト王国へ持ち込んだのだ。
なお、なんでも魔力結晶化できるわけではない。雪鈴草は巨氷兵の核となる植物だが、公国国外へ持ち出すとすぐに枯れてしまう。
そこでストメリナは資金援助している魔道士達に命じ、雪鈴草を持ち出す方法のみを、急ぎ開発させたのだ。
(……今、巨氷兵を呼び出してもすぐに動けなくなってしまうでしょうね。でも、入り口を守ってるあいつらさえ始末できればそれでいいわ)
雪鈴草を核とする巨氷兵も、公国国外で呼び出してもすぐに動けなくなってしまう。だが、今は坑道の入り口を守っている邪魔な魔道士達を一掃できればそれでいい。
ストメリナは、手のひらにある淡い光を放つ雪鈴草に口づけると、それを地面に放った。すると、それはみるみるうちに巨大な人型へと変化した。
雪鈴草には魔力結晶化した際に、すでに魔石成分を含ませてある。巨氷兵を呼び出す時間短縮のためだ。
「さあ、巨氷兵よ。入り口にいる奴らを倒しなさい!」
ストメリナが命じると、巨大な幅広剣を持った鎧の兵士が、ものすごい勢いで坑道の入り口へと向かっていった。
「あっけなかったわね」
坑道の入り口を覆っていたバリアはもうない。暗くなったその場所の地面には、四肢を切り裂かれた魔道士達が転がっている。地面は血の海と化していた。
「さあ、進むわよ」
ストメリナは頭上に光の玉を呼び出すと、坑道の中へと足を踏み入れた。
◆
「うわっ、ひでぇ……!」
ストメリナ達が魔石鉱山に辿り着いた約三十分後。
ディルクとクレマティスもその場に到着する。
坑道の入り口に散らばった、魔道士達の遺体にディルクは頬をひきつらせる。
クレマティスはその場でしゃがむと、遺体を確認した。
「これは巨氷兵の仕業ですか?」
「……でしょうね。巨氷兵達の魔物相手の軍事訓練は何回か目にしてますけど、やっぱり凄まじいな」
「ふむ……。四肢を斬られたことによる出血死か……」
クレマティスは顎に手を当てると、魔道士達の死因を推測する。
「クレマティス将軍は回復魔法が得意なんですっけ? 俺が斬られてしまったら、くっつけてくださいよ」
「腕や足の一本ぐらいならまだなんとかできますが、すべて刎ねられてしまったら難しいでしょうね」
(……宰相の
魔石鉱山の入り口はかなり凄惨な状態になっているのに、クレマティスは表情ひとつ変えない。冷静だった。
(クレマティス将軍のことは、俺が守ってやらないといけないと思っていたが、案外自分でなんとかするかもな)
ここでディルクは考える。もしも今、坑道の中で二人同時にストメリナに襲われれば、全滅は不可避だ。
だが、単独行動していれば、どちらかが攻撃を受けている最中に、ストメリナへの不意打ちを狙えるかもしれない。
(それに俺が一人なら、ストメリナは油断するかもしれない)
やっぱりストメリナと寄りを戻したいだとか、クレマティスから無理やり言い寄られていただけだとか、そんなことを言えば彼女は油断するかもしれない。
想像すらしたくない考えだが、ストメリナの暴挙を止めるためなら背に腹は変えられない。
ここでストメリナに朱い魔石を奪われれば、取り返しのつかないことになる。
考えた結果、ディルクはクレマティスに提案した。
「将軍、ここからは一人で行きませんか?」
「何故です?」
「ほら、道も二手に分かれていますし。俺は右へ行きます。将軍はもう片方の左の道へ行ってください」
ディルクはストメリナが進んだ道がどちらか分かっていた。エレメンタルマスターに匹敵する魔力を持つ彼は、ストメリナの魔力の動きを察知することができる。だからこそ、クレマティスに提案したのだ。
だが、クレマティスはディルクの提案に首を横に振る。
「反対にしましょう」
「へっ?」
「あなたはストメリナ様がいる危険な方を選ぶはずだ。私が右へ行きます」
クレマティスは右の道へずんずん歩を進める。その後ろ姿を、ディルクは目を丸くして見つめた。
右の道の先には、ストメリナはいない。
クレマティスならば、ディルクがストメリナが進んだ道をあえて選ぶと考え、交換すると言い出すと思った。だから、ディルクは先に「右の道へ行く」と言ったのだ。
(クレマティス将軍、あんたはそういう人だよ……)
ディルクは、クレマティスの広い背が見えなくなるまで見送ると、魔道士達の遺骸を魔法で見えなくした。きっとここにはサフタールやアザレアもやってくる。悲惨なものは、今はなるべく目にしない方がいいだろう。
「よし、後で葬いに来るからな」
ディルクはそうつぶやくと、クレマティスが向かった道とは反対側の道へと進む。
ストメリナが待つ道へと。
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