第40話 ディルクを信じる
ストメリナが行おうとしている暴挙を、クレマティスは敢えて止めなかった。
(……ディルク様を信じよう)
ディルクがストメリナへ渡したであろう、アザレアをたぶらした偽の証拠。他所へ流出すれば、アザレアの姿になっていた自分の姿は、元の姿に戻るとディルクは言っていた。彼を信じようとクレマティスは思った。
急拵えで作られたスクリーンに映し出されたのは、案の定、ディルクがクレマティスに口づけているところだった。
突然現れた男同士の口づけシーンに、会場が一気にどよめいた。
「なっ……!?」
スクリーンを見上げたストメリナは、驚愕のあまり言葉を失った。
ストメリナはアザレアを陥れるため、この映像を晒そうとしたに違いない。だが、彼女の思惑は外れてしまった。
「どういうことよ、クレマティス将軍!」
ストメリナはつかつかとピンヒールの底を鳴らし、クレマティスに詰め寄る。
激昂するストメリナに、クレマティスは淡々と答える。
「見ての通りでございます」
「見ての通りって……! ふざけないで! なんであんたとディルクが口づけているのよ!」
(……相変わらず理不尽な方だ)
少し考えれば、いや、考えなくとも、この口づけはディルクが提案し、やったものだと分かるだろうに。
ストメリナは真っ先にクレマティスを攻め立てた。
クレマティスは横目でちらりとディルクを見る。彼はばつが悪そうな顔をしていた。
ふんと短く鼻から息をはいたクレマティスは、ストメリナを見下ろす。
「私はディルク様と愛し合っております。恋人同士が口づけを交わすのは当然のことでしょう?」
当然だと言わんばかりに、淡々と紡がれたクレマティスの言葉に、素知らぬ顔をしていたディルクもぎょっとする。
「いっ……!? く、クレマティス将軍!?」
「何を言っているのよ、あなた! 男同士でおかしいわよ!」
「男同士でおかしい? 何を仰っているのです。公国の法律では同性婚は認められております。婚姻が可能ならば、愛し合うことだってあるでしょう」
クレマティスはディルクとの口づけで男に目覚めたわけではなかった。ディルクと愛し合っていると言ったのは、この場を切り抜けるための作り話だ。
クレマティスはアザレアとサフタールの方を見た。二人とも驚いている。
(……アザレア様)
アザレアに余計な心配をさせたくない。そう思ったクレマティスはこの場で芝居を打つことにしたのだ。
アザレアはずっと公国で虐げられてきた。我が身可愛さに、クレマティスは彼女を庇おうともしなかった。
これは彼なりの償いだった。
彼女が幸せになれるのならば、男色家だと思われてもかまわなかった。
幸いなことに大公は世襲ではない。クレマティスには世継ぎは必要なかった。世間に男を好む男だと、そう思われても何ら問題はなかったのである。
「公国は同性婚が認められているとはいえ、それでも一般的ではありません。私は、自分の性嗜好を明らかにし、公国での同性婚を一般的にしたいと考えています。……次期大公として」
堂々としたクレマティスの宣言に、ストメリナの後ろにいた大公は、両手のひらを打ち鳴らした。
「素晴らしい! 次期大公自ら性嗜好を明らかにするなどなかなかできることではない。良かろう。大公の名の元に、クレマティス将軍とディルクの仲を認めようじゃないか!」
大公の称賛に、会場では次々に拍手が巻き起こる。
思わぬ展開だったのだろう、ストメリナは顔を真っ赤にした。
「こんっの……、泥棒野郎っ!」
ストメリナは腕を振り上げると、クレマティスの頬を打った。ぱしんっと乾いた音が響くと、拍手が一気に止んだ。
クレマティスの頬が赤く染まる。
「許せない! ディルクは私のものだったのに! 次期大公の権力を使ってディルクを奪うなんて、信じらんない!」
「ディルク様はものではございません。人です。人を人とも思わぬあなたに、ディルク様は渡せない」
「なっ……!」
ストメリナの瞳から、決壊した防波堤のように涙が溢れる。
「そんな……いやよ、ディルク……!」
ストメリナはその場に座り込むと、床に大粒の涙を落とすのだった。
◆
記念式典終了後、クレマティスはディルクを呼び出した。
呼び出されたディルクは怪訝な顔をしている。
「……本気じゃないですよね? 俺と愛し合ってるとか」
「あの場では、ああ言うほかありませんでした……。すみません、あなたも男色家扱いされてしまいますよね」
「それはまぁ……。アザレア様のたぶらかしの偽造に、クレマティス将軍を巻き込んだ時点で覚悟してました。しっかし、公国軍の将軍が俺のことを愛するなんて、……はっ! そんな馬鹿な話あるわけありませんよ」
乾いた笑い声を漏らすディルクに、クレマティスは何とも言えない気持ちになる。
あの場では、アザレアのために自分は男色家だと宣った。だが、アザレアに未練の気持ちがあるのかと言えば、そうではないような気がする。彼女の幸せは心から望んでいるが。
クレマティスは自分の唇に、曲げた人差し指を押し当てる。
(私は男に目覚めたわけではないと思うが……)
咄嗟に男色家のふりをしたが、ディルクと愛し合っていると言うのは、意外なほど抵抗がなかった。
「でも、嫌ではありませんでした。あなたと愛し合っていると言うのは」
「クレマティス将軍……意外と
「強か?」
「いいえ、何でもありません」
ディルクは顔を横に振る。
「まあでも、これでストメリナの元へ戻らなくてもよくなったので助かりました。これからは将軍の元でお世話になります」
ディルクは片腕を前にやると、恭しく腰を折った。
「急な話で申し訳ありません」
「いーえ、ぜーんぜん! 俺、将軍のこと、好きですし!」
「ディルク様……」
一瞬、なごやかな雰囲気になる二人だったが、ディルクの耳たぶにあるピアスが光出すと、彼らの顔に緊張が走った。
「ディルク様、ピアスが……!」
「おっと、ストメリナが動き出したようですね」
「ストメリナ様が?」
「急ぎましょう。たぶんストメリナは今から魔石鉱山へ行くつもりですよ」
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