第15話 恋仲になれたら

「ねえ、ゾラ。サフタールから午後の魔物討伐に行こうって誘われたのよ。一緒に行かない?」


 朝、食堂へ向かう道すがらアザレアはゾラに話しかける。

 ゾラは魔物討伐に興味がありそうなそぶりは見せたが、手のひらを上向けた。


「……魔物ねえ。興味あるけどやめておくわ。サフタール様はアザレアと二人きりになりたいでしょうし」

「あら、二人きりじゃないわよ。討伐隊に加えて貰うだけだから」

「私がいるとアザレアは私と話しちゃうでしょ? 結婚式まであと三ヶ月しかないんだから、なるべくサフタール様と接した方がいいわ」


 ゾラは何かと、アザレアとサフタールを二人きりにしたがる。

 気を遣ってくれるのはありがたいが、アザレアはどうしても寂しいと思ってしまう。グレンダン公国時代は、味方らしい味方はゾラだけだったのだ。


 (私がゾラに依存してしまうから、ゾラは私とサフタールを二人きりにしようとするのかしら?)


 ゾラの考えは分かるが、少々極端ではないかとアザレアは思う。


「別に私とゾラが話したっていいと思うわ」

「そうねえ。でも今は、アザレアはサフタール様と仲良くなる努力をする時期よ。サフタール様とちゃんと恋仲になれたら、また私とも仲良くしましょう、アザレア」

「こ、恋仲……」


 つい、昨夜の執務室での出来事を思い出してしまう。

 ツェーザルは「アザレアさん、あなたは魅力な女性だ。息子が惹かれるのも無理はない。もしも息子があなたを愛してしまっても、どうかご容赦ください」と言っていたのだ。

 アザレアは「そうなったら、嬉しい」とは答えたものの、サフタールと恋仲になる自分の姿が想像出来ない。


「サフタール様のこと、満更でもないのでしょう?」

「優しくて、とても素敵な方だと思うわ。実直で、清廉で……私にはもったいないぐらい」

「でも、浮かない顔ね?」

「そんなことないわ……。環境の変化についていけてないだけかも」


 つい一週間前まではグレンダン公国にいて、アザレアは理不尽なめに遭っていた。それが、イルダフネでは真逆の環境になったのだ。状況の変化に戸惑うのは無理もない。


「良かったわね、サフタール様がゆっくり進めてくれそうな方で。サフタール様、あきらかにアザレアのことが好きそうだし」


 (いっそ、強引な方がいいかもしれないわ……)


 サフタールがゾラの言う通り自分のことが好きで、心の変化を待っているのだとしたら。

 それはよくないことだ。


「私は心の変化を待って貰えるような大層な女じゃないわ」

「大層な女性よ。少なくとも、サフタール様にとってはね」


 ◆


「アザレア、この者達は子育て期間を経て戻ってきた者達です。家庭に入る前は名うての魔道士だったのですよ」


 午後、アザレアはサフタールに連れられて魔物の討伐隊に参加した。

 討伐隊の参加者は四十から五十代の主婦が中心で、子どもの手が離れ、また魔道士の道に戻ってきた者達だという。彼女達は、ゾラが着ているような黒いローブに身を包んでいた。

 アザレアも他の魔道士同様、黒いローブを着た。このローブは耐火・耐水に優れた戦闘に持って来いの格好なのだ。


「よっ、よろしくお願いします!」


 アザレアは声を上擦らせながら、腰を折る。すると討伐隊の女性達はあらあらまあまあと口に手を当てながら微笑んだ。


「まあっ! 綺麗な方ねえ〜! お似合いですよ、若様」

「若様、綺麗なお嫁さんで良かったですねっ」

「無理やり迫ってはダメですよ、若様!」

「みんな、揶揄からかうのはやめてください」


 ここでもサフタールは皆から揶揄われていた。彼が愛されているのはよく分かるが、少し言われすぎなような気がする。


 (なんだかサフタールが不憫になってきたわ……)


 どうにかこの流れを変えられないかとアザレアは考えた。


「サフタールは本当に素敵ですよね。あなたと結婚できる私は果報者です」


 アザレアはサフタールに向かってにっこり微笑む。

 この結婚は自分もノリ気なのだと周囲にアピールすれば、サフタールが揶揄われることも減るのではないか。そう思ってアザレアは、サフタールと結婚できるのは幸せだと言ったのだが。


「ありがとうございます、アザレア……」


 サフタールはなんと耳まで真っ赤に染めていた。照れすぎである。

 照れるサフタールに、アザレアまで恥ずかしくなってしまい、二人とも頭の天辺から湯気が出そうになるほど真っ赤になる。

 赤面する二人に、魔道士達は「若いっていいわね!」と大盛り上がりだった。




ほむらよ!」


 アザレアがスペルを唱えると、巨大化した鹿のような魔物がごうごうと音を立てて燃え出した。

 ここは河原。水辺には魔石化した石や岩が多くあり、水を飲む時に誤って魔石を飲み込んでしまい、野生動物が魔物化することはよくあることらしい。

 アザレアが魔法で燃やした魔物は黒い塵状になり、風とともに消し飛んでしまった。


「ふうっ……!」


 一仕事終えたアザレアは額に浮いた汗を手の甲で拭う。

 これでもうアザレアが倒した魔物は三体目になる。

 最初は魔物の大きさに驚いていたアザレアも、もう慣れたものだ。


「アザレア、少し休みましょうか」

「はい、サフタール」


 今日は天気が良く、魔物の動きも鈍い。アザレアが二体目を燃やしたところで、他の討伐隊とは少し離れた場所で退治を行なうこととなった。

 二人は座りやすそうな岩場を見つけると、そこに並んで腰掛けた。

 小川は透き通って見えるほど水が綺麗で、さらさらと涼やかな音を立てて流れていく。

 一見すると魔物が出るような場所には見えない。


「綺麗なところですね……」

「川の水は川底に沈んだ魔石の力で浄化されているのですよ。人間には元々魔力が備わっているので川の水を飲んでも影響はありませんが、魔力のない動物たちは川の水を飲み続けたり、魔石を誤って飲み込んでしまうと魔物と化してしまうのです」


 そう話すサフタールは複雑そうな顔をしている。彼は優しいので、魔物化してしまう動物達を憐れんでいるのかもしれない。


「特にイルダフネに流れる川の水は、魔力成分が多い」

「だから魔物も多いのですね」

「そうです。どうにか川の水から魔力成分を除去出来れば良いのですが……」


 はじめは、何故領主家の人間であるサフタールが魔物討伐に参加しているのかとアザレアは疑問に感じていたが、現場調査も兼ねていたのかもしれないと思い至る。


 (領主は、色々なことを考えなくちゃいけないのね……)


 アザレアはじっとサフタールの話す事柄に耳を傾ける。自分にも何か出来ることはないかと、考えながら。

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