聞いてない!
それから十球ほど見たあと、康太は二人の元へ近づいて行った。
「なかなかのボールを投げるな。一球受けてもいいか」
「あ、菱田さん! ウスッ!」
康太に気が付いた雄大が帽子をとって元気よく挨拶する。
「どうも」
捕手をしていた太一は対照的に申し訳なそうに頭をちょっこんと下げた。
「大野くんだっけかきみはピッチャーじゃないだろう?」
雄大は首を縦に振る。
「そうです雄大は本来ならセンターなんですよ」
太一がすかさず補足しながらグラブを康太に渡した。
「穂浪くんせっかくいいミットを持ってるんだ。捕球はいい音をならさないと」
康太は腰を軽く落としミットを構えた。雄大は嬉しそうに振り被ってミット目掛けて腕を振った。勢いのあるボールは空気を裂くようにシュルルと音を立てて康太に迫るが、ピッチャーの投げる球ではない。スピードはたしかに一三〇キロほどだが回転数が圧倒的に少ない、つまりボールに伸びがないのだ。勢いがあるボー球だ。しかし、そんなボールが、康太の近くまでくると不規則な動きを僅かだがした。
なるほど。
康太のミットがバシッっと音を立てる。
「おおっ」と隣からもれた声が聞こえた。
「若干ボールが動くね、これは捕球が難しいわけだ」
「そうなんです、雄大は投げるときボールをわしづかみに持ちかえちゃうくせがあってしっかりした握りで投げれなくて」
「ナイスキャッチっす!」
雄大は康太に賞賛の言葉を贈ったが、太一は表情を曇らせていた。大学生とは言え一球で雄大の癖球を完璧に捕球され、自信を無くしているようだった。
康太は雄大にボールを渡そうと歩み寄る。
「わざわざどうもありがとうございます。」
「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「何でしょうか?」
康太は周りを見渡したあとでボールを雄大のグラブの中に入れた。
「他の部員はどこにいるの?」
「いませんよ二人だけです俺と太一の」
はっきりと言った雄大の屈託のない笑顔とは裏腹に康太の顔は困惑を隠せず、苦し紛れに空を見上げる。文字通り雲行きが怪しくなってきた。
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