第35話 : 水中見学

「お師匠様、ワタクシこんな美しいものを初めて見ましたわ」


 リリアーナ様の興奮が止まりません。

 私達は今水中にいます。正確にはかなり強力な魔力を付与された大きなガラスで出来た箱の中から、環礁の中にある珊瑚を見ています。


「本当に。こういう世界がこの星にあったのですね」


 赤、白、黄色、オレンジに黄緑の珊瑚にあらゆる色をした数え切れないくらい沢山の魚たちが泳いでいます。リリアーナ様だけでなくシェリー様も興奮気味にガラスにへばりつくように外を見ています。

 私もお二方と同じくらい感動していますが、演技をしている手前冷静なフリをしていなくてはいけません。この美しさに向けて本当は「綺麗!」と叫びたいのですが……


「あのお魚のお名前を教えてくださいまし」


 リリアーナ様にそう言われても、私が知る訳がありません。

 即答できないと色々疑われそうですし、どうしましょうと思っていましたら、


『あれはマジカルストーンフィッシュよ。珊瑚礁のある場所が大好きなの』


 ルールィ妃が念話で教えてくれます。お顔を見れば軽くウインクをされました。


「リリアーナ様、あれはマジカルストーンフィッシュと言うものです」

「さすがお師匠様、あちらのお名前は」

「ええっと、あれはバーズアイグッピーです」

「ではこちらは」

「それはですね──」


 リリアーナ様の好奇心の強さは褒められるべき事でしょうが今は困ります。

 ルールィ妃が一緒にいてくださって本当に助かります。



「流石はお師匠様です。海に囲まれた国で育たれた方は大したものです」


 ふう、本当に疲れました。これだけ精神的に疲れたのは初めて王都に来て魔力を調べられた時以来です。


 もう少しで陸に上がるという時に「ピキッ」という音がしました。その方向を向けばガラスに小さなひびが入っています。

 この水圧なら一気に水が入ってくることはないでしょうが、それでも万が一はありますからガラスに手を触れ保護魔法を掛けます。リリアーナ様はまだ水中の景色に夢中で、今はブロスナン様相手に色々と教えて貰っていますからガラスの異変に気付かなかったようです。

 誰にも気付かれず大丈夫だと思いましたら、チェラセス陛下とベルスト様がこちらを見て親指を立てています。


「助かった。私の魔力ではこれだけ厚いガラスの水漏れを防ぐのは難しいからな」


 お礼を言って頂きましたが、これってひょっとしてやりすぎだったのでしょうか。ベルスト様が私の耳元で「それでいいのだよ」と囁いてくれました。



 そうこうしているうちに戻る時間になりました。

 アレクセル諸島国の王族一家で見送りに来てくれます。そこに先程まではいらっしゃらなかった人魚の女性がいます。


「皆様、ルーアと申します。お出迎えできずに大変失礼致しました」


 ルーア様はジャムリア陛下のお子様で、何と我が王立魔法学校に通われているとのこと。現在は十四歳なので四年生に在学中だと言います。

 ですが……


「少しだけ状態が良くなりましたので、お見送りだけでもと思いまして」


 半年前に腰から尾びれに至る背骨を痛めてしまい、今はこちらで療養中なのだそうです。どうりで学校では見かけなかった訳です。

 無礼とは分かっていますが透視をしてみれば確かに骨の一部が妙にねじれています。これを普通に直すのは大変だと自分でも分かります。


「陛下、後日ルーア様を学校まで呼んで頂けますか。私ならある程度は直せるかと」

「そのつもりでいたのだよ。リリアーナがいなければ今日アンジェに治療を頼めたのだがな」


 こればかりは致し方ありません。細かいことをルーア様に私から言う訳にもいかず、今日はご挨拶だけで失礼させて頂きます。


「お姉ちゃん、また帰ってきてね」

「お姉様、今度会う時は元気な姿を見せられますよう治療しておきますから」


 最後まで演技をきちんとされているのは流石です。


「アンジェ、元気でいてね」


 ルールィ様の泣き顔を見て、これが演技だとは誰も思わないでしょう。私が旦那様なら背筋が寒くなっています。ジャムリア陛下はどんなお気持ちなのでしょう。



 私の力を転移魔方陣に注ぎ、元の国に戻ってからリリアーナ様が私に問います。


「ところでお師匠様、妹様が先に学校に来ていらっしゃったのに、どうしてお姉様が後から編入されたのですか」


 この答えは全く用意していませんでした。


「リリアーナ、それは家庭の事情というものだ。聞いて良いことと悪いことがあるぞ」


 ベルスト様が諫め、その場を凌げました。

 こうして皆様の協力があってアレクセル諸島国の訪問は無事に終わったのでした。

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