第5話 お葬式代ぐらいにはとCMするけれど本当にさ、、
島の1月、寒い日の午前は快晴。
こんな日の島の空気は
恐ろしく澄んでいる。
島で、
独り暮らしの90代女性の暮らしを
想像する時の気持ちは複雑だ。
叔母は結婚していないというか、
していたというか、
結婚した相手が重婚していた為、
結婚が取り消されたという、
なかなか複雑な感じだった。
叔母は
いうなれば
集落のマドンナ先生で、
今では考えられないが、
小学校と中学校で家庭科の
教鞭を取っていた。
なのに、
料理オンチだったのだから、
複雑怪奇な人物の印象もある。
若い頃の写真を見れば、
たしかに清楚な女優顔。
サユリスト好みなはず。
そりゃもう、
男性教員との逢瀬を
小学生みんなで
隠れ見ていたものだと、
近所を歩けば
捕まえられて、昔話をされる程。
とにかく、
叔母は結婚せず定年まで
教師を勤め上げた。
ハッキリ言おう。
4、5千万ぐらいは、
あっておかしくない。
いや、あったのだ。
それ以上に。
土地も持っていたはずだし。
現に昔、
本土に3つ程か家を持っていた。
それで、、
しっかり年金振り込み毎に
引き落とされていた事を
通帳が示している。
叔母がそんな事をするだろうか?
ならば
それが意味するのは、、
「お金は、ありません。」
犯人はこの中にいる。
葬式で
叫んでやりたいところだ。
それをぐっと我慢して、
葬式に参列する親族に
先制攻撃をしかけた。
『え、それは無いでしょ?!』
犯人以外の親族がおののく姿は
さながらミステリードラマで、
笑えた。
用意した、
というか
見つけた日記紛いのノートを、
ちょっと
探偵気取りで片手に持つ。
そして、
その反対は例の通帳と、
ヒラつかせた
たった1枚の『ゆうちょ保険』の
証書と
1枚の信用金庫の証書。
不動産も無かった。
「ここに叔母さんの全財産が
ありますが、通帳には約50万、
死亡保険が200万、信用金庫に
2000口、10万円がある程度。」
父は基本何も言わない。
『は?本当か?それだけ?』
ざわめく親族の声を
聞きつつ、病院を出た後の事を
読経をお願いした
『おじゅつさん』がくるまでに
説明をする。
皆の視線が自分に集まった。
父が叔母の遺体と、
とりあえず決めた葬儀屋と一緒に
葬祭ホールへ移動した後、
妹叔母は息子と早々に
いつの間にか予約をしたホテルに
引っ込んだ。
連絡を受けた妹が、
父との喪服を持って現れたのは
夕方。
黄昏暮れる島の一軒家。
主が亡くなった家で妹と、
葬儀費用を捻出出来るモノを
家捜しする。
5人姉弟の唯一男で
末っ子長男の父。
しかも亡くなった叔母とは
一回り以上の年の差があるから、
父にとっては母親みたいな
存在だった。
そんな叔母が独り暮らしを
していた生家は、
父が相続すると聞いてはいたが、
正直、
古い島で、
90代の叔母が布団も敷いたままの
生活をしていた、
灯り暗い電灯に
浮かび上がる家は
少し気味が悪い。
どこもかしこも灰色だ。
暗いし、汲み取りトイレだし。
ゴミ屋敷にはなってはいないが、
茶渋マミレの茶碗達が
水垢濃い台所に並び、
使っていない家具には
白布がかけてある。
2階は上がり下がりが
大変なのか
雨戸を閉めたままで、
洋服ダンスを玄関横に
持ってきていた。
今は給湯器が普及しているが、
島の家の風呂は、
大型の熱湯タンク式。
その湯船も深型だからか
使っていなくて、
蛇口からは赤錆が出る始末。
冬場でも、水で頭を洗って
体を拭いていたのか?
そんな風に
想像するのは簡単だった。
冬でもエアコンはなく
ヒーターが1つと、
昭和の電気ストーブのみ。
電気ストーブを付けると、
埃が焼ける匂いがした。
テレビを大音量付けて、
家の静寂を紛らわし
朝を迎えた。
父と一緒に葬祭ホールで
寝ずの番をする方が良かったかと
考えたけれど、
父曰く、
『ホールスタッフもいない、
周りは電灯もない丘で、
生きていない人間と
2人は キツかったぞ。』
という状態からは、
似たり寄ったりかもしれない。
とにかく、
島での一夜が明けて、
親族を前に宣言する。
「ここに、
叔母さんが書いた1日の内容と
お金のやりくり、そして
各家に渡した金額が全部、
書かれていました。確認して
ください。その上で、残る
お金の分配を提案したいです。」
なんて口ではいっているけれど、
本当は
葬儀代かつかつの遺産。
島の僧侶は、『お坊さん』とは
呼ばずに『おじゅっさん』。
葬儀は結局200万して、
『おじゅっさん』には70万
払う。
お葬式代程度というには、
10万円赤字なる。
父が親族達に、
「花だけ入れてくれたら、
全員香典はいらんから。」
それだけ言って
『おじゅっさん』を迎えに
出て行った。
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