きみの遺影に唾を吐くだけ
一澄けい
出席番号30番 百日草苗
クラスメイトが死んだ。
そんな、滅多にないような出来事が起きたのは、高校生になって初めての夏休みが終わった、2学期の始業式のことだった。
死んだのは、クラスの皆に愛される、優等生を絵に描いたような少女だ。クラスの中心で、いつだって誰かに慕われていた、そんな女の子。
そんな少女が死んだからか、教室は嫌にざわついていた。泣き崩れている子もいた。
そんな中で、私は妙に冷静だった。
その子が死んだ、という実感が、なかったせいかもしれない。周りの喧騒も、まるでいつもの教室の賑やかさのようにしか聞こえなくて。唯一いつもと違ったのは、いつも朝早くからそこに座っているだろう彼女の席に、花瓶が置かれていることだけ。そこだけが酷く異質なものに見えたけれど、だけど、それだけだった。
ホームルームが始まって、先生の口からその事実を聞いても、実感は湧かないままだった。
どうやら彼女は、昨夜遅くに、何処かの廃ビルの屋上から転落して死んだらしい。遺書のようなものはなかったらしいが、特に何者かと争ったような痕跡もなく、現場の周辺に怪しい人影なんかがあったわけでもないようで。その状況から、警察は彼女の死を自殺と見て捜査しているらしかった。
なんで、どうして。そんな声が教室のあちこちから上がったのが、私の耳にも届く。
それに関しては、私もどうしてなんだろう、と思わざるを得なかった。
彼女は一体、なにを思って、何に思い悩んで、自殺なんて道を、選んでしまったのだろう。
だって、私から見る限り彼女は—なんの悩みもなく、過ごしているように見えたから。
皆を魅了するような美貌を持ち、人に愛されて、人望も厚い、才色兼備な優等生。
そんな、何でも持っているようなそんな彼女が、どうして。
考えたって、きっと、一生分らないだろうけど。
彼女は死んでしまった。きっと誰にも、理由なんてなんにも言わずに、居なくなってしまった。
死んだ人は喋らない。死んだ人は、戻ってこない。だからもう、彼女が死んだ理由なんて、誰にも知る由はないのだ。
それを、寂しいなんて思わなかった。そんなことを思うには、私は、彼女のことを知らなさすぎた。
私にとっての彼女はただのクラスメイトで、それ以上でも、それ以下でもなかったから。
きっと花瓶の花が枯れれば、彼女の席から花瓶は無くなって、季節が巡れば、彼女の席だってなくなって、きっと、彼女の話なんて誰もしなくなる。
そうして私も、そして、きっとこのクラスの大半の人も、彼女のことなんて、忘れていく。
そういやそんな子もいたっけ、と、彼女は過去の人になっていくのだ。
そんなことを思う私は、薄情なのだろうか。そんなことはない、と、そう、思いたいけれど。
だけど、皆が悲しみに暮れるこの教室の中で、ただ淡々とそんなことを考えている私は、やっぱり何処かおかしいのかもしれないと、そんなことを思った。
こんなことを考えてしまうのが、考えなければならないのが、嫌で。クラスメイトが一人減った教室が、早くいつも通りを取り戻せばいいのに、と。そんなことを考えながら、私は机に突っ伏して、目を閉じた。
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