第2話

 キッチンに向かう途中、先ほどとは打って変わり、緋山さんは片肘をついて顎を乗せ、ノートPCを睨んでいた。もう片方の手は、テーブルの上を一定のリズムでトントンと叩いている。どうやら考え中らしい。時折、緋山さんがやっている癖だった。

 私はキッチンで食パンを2枚トースターに入れ、フライパンを火にかけ、卵を投入する。その間にレタスを千切ってトマトを切って簡単なサラダを作る。フィルタに煎ったコーヒー豆を入れて、コーヒーポッドにセットするのも忘れない。毎朝変わり映えしない朝食メニューはすっかりとルーティン化して、手を動かしつつも、頭はここ最近で現れた死者からの投稿について考えていた。

「緋山さん。Twitterやってますか?」

 机の上に出来上がった朝食を順々に並べながら聞いてみた。エプロンをはずして、私が向かいの席についても、彼はノートPCを睨み続けている。

「Twitterってなんだっけ?」緋山さんは数回ほどキーボードを叩いてから、パタンとノートPCを閉じて脇に寄せた。

「え…本気で言ってます? Twitterですよ?」

「確か、テキストや画像や動画を投稿してシェア出来るタイプのSNSだっけ?」

「それです。知ってるじゃないですか」

 緋山さんはマーガリンを塗ったトーストを齧りつつ、キョロキョロと机の上を見渡す。「あれ、今日はコーヒー無し?」

「あ、すみません、すっかり忘れてました。淹れてあるので、持ってきますね」

 コーヒーポッドから漂う豆の香りに朝を感じつつ、カップにそれを注ぐ。緋山さんはいつもブラックだから、準備が楽で良い。私はミルクを混ぜてカフェオレにする。砂糖の代わりに蜂蜜を加えるのが私のお気に入りだ。

「すみません、お待たせしました。どうぞ」

 緋山さんは「ありがとう」と言ってカップを受け取り、そのまま口をつけた。私も席に戻り、フーフーと息をふきかけてから、口をつける。ミルクで優しくなったコーヒーの仄かな苦みに、蜂蜜の甘さと風味が合わさって、私の体を温めてくれた。

「でも、緋山さんがTwitterをやってないなんて意外でした。てっきり、そういったネット関係のサービスは率先して手を出すのかと」

「そういった一般大衆向けのサービスには、そもそも興味が湧かないんだ。昔から変わり映えしないからね」

「そうですか? TikTokやInstagramなんか、昔じゃ考えられませんでしたけど…」

「結局、やってることはテキストや画像や動画の投稿だろう? それは、大昔からある掲示板やブログのシステムと、根本的な仕組みは同じだ。それを支えるインフラ寄りのシステムの方が、よっぽど興味が湧く。日々莫大に増えるアクセス数を処理するためのアーキテクチャやアルゴリズムなんかは、技術者たちの渾身の発想と技術が詰め込まれているはずだからね」

 聞きなれない単語がいくつも出てきた。いちいち質問していたら、更にわからない単語が出てくるに違いないので、今は自重することにした。

「えーと……そう、話をTwitterに戻します。緋山さんは興味が湧かないって仰ってましたけど、この話題なら興味が沸くかもしれませんよ」

 そう前置きすると、向かいの彼は卵焼きに塩を振りかけようとした手を止め、私の方に視線をくれた。

「その、あり触れたSNSであるTwitterで、不思議なことが起きてるんです。一か月ほど前の事です。私のクラスメートの恵美(えみ)が、交通事故で亡くなったんです。彼女は、Twitterのアカウントを持っていました。当然、彼女の死後、彼女の投稿はピタリと止まりました。ですが、事故から三日が経ったある日のことです。彼女のアカウントから、投稿が再開したんです。生前と同じように。まるで、今もクラスの一員として生きているかのように」

 ここで一旦止めて、緋山さんの様子を窺う。いつの間にか、彼のお皿は全て空になっていて、コーヒーで締めているところだった。いつも綺麗に平らげてくれるのは、作る側としては単純に嬉しい。

「誰かが恵美さんのアカウントを乗っ取って投稿している。もしくは、恵美さん本人が生きていて、投稿している」

 前者は誰もが真っ先に考えたけど、後者の発想は無かった。お葬式に参加して、恵美の亡骸を見ていない緋山さんならではの発想だと思う。

「他にもいくつか考えられるけど、その情報だけでは何も不思議とは言えない。アカウントの乗っ取りなんて日常茶飯事だ。本人の成りすましだって、身近な人間なら誰だって出来る。続きは?」

 不気味ではあったけど、確かに緋山さんの言う通りで、最初は誰もがそう思った。

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